第18話 - 5 逃亡 ~使節団、襲撃
エディンバラ公国、ツァドキアル=バカラは男爵家の長兄にある。15歳という若さでありながら、オーシア公国の使節団に配属された。とは言っても、これは才覚や英知を買われての抜擢ではなく、将来を見据えての英才教育のようなものだ。政治の世界を知る、場慣れするといった効果を意図されての事で、実務上での期待はされていない。
しかしツァドキアル本人には、ここで自身の優秀さを示す目論見があった。エディンバラ公国は、広大な海に隣接している。この豊富な海洋資源は国を富ませると共に、争いの種でもあった。オーシア側の立場では、エディンバラ公国の独立によって、その海洋資源を失う形になった。
エディンバラ公国は先の停戦交渉に当たり、漁業権の分割を条件として受け入れた。エディンバラ領海を漁業に限定してオーシアと二分、その権益を共有することで、開戦リスクを減らしている。
当初は漁獲量においてほぼ公平であったが、近年で状況は変化。海洋の環境変化で、エディンバラ側に不利になる傾向が明らかになって来た。だがそれを、オーシアは認めない。
ツァドキアルは、そこに目をつけた。漁業協定を漁獲量ベースに切り替え、この状況を打開する。使節団の一員として、明確な功績を上げる算段だ。その為に、時間をかけて十分な調査を行って来た。用意した資料を提示すれば、海洋の環境変化による漁獲量減少を認めざるを得ないだろう。
父に、そして国家に自身の優秀さを見せつけ、華々しい政界デビューを飾る。行末には、国家の中枢を担う人物になる! ツァドキアルは頭の中で、何度も説明と想定問答を繰り返していた。
――オーシアの国境を越え十数分が経過した頃、馬車が止まった。外から聞こえてくる会話で、倒木が道を塞いでいると知る。どうやら数人がかりで動かせるらしく、到着が遅れる程ではないらしい。
衛兵たちが、手際よく作業に当たる。道の整備を怠ったオーシアへの不満、会場付近の穴場の店などで盛り上がる声は、突如、驚愕と怒声に変わった。襲撃だ! と、ツァドキアルは直ぐに事態を察した。
砂利道を激しくこする音、金属同士が打ち合う音、重い打撃音、怒号、悲鳴、脅えた馬のいななき、窓のない馬車内部では情勢を判断できない。
ツァドキアルは右手に護身用のナイフを握りしめ、努めて冷静さを保とうとした。使節団の他の者達は脅え、馬車内は完全なパニックに陥っている。その中で襲撃に遭った責を問う者があり、ツァドキアルは「今は、それ所ではないだろう」と呆れた。
やがて激しい物音が消え、車内も静寂に包まれた。外から、扉が開けられようとしている。その主によって、自分達の運命は決まる。ツァドキアルは盗賊を想定し、どう交渉するかに必死で思考を巡らす。敵意で刺激するのはマイナスと考え、ナイフは床に置いた。
開けられる扉。その主は、右手に曲がった短剣を持っていた。顔は隠されているが、雰囲気から自分と変わらぬ少年を伺わせる。銀髪が、強く印象的だった――。
予告: 第19話 第四次エディンバラ紛争
「やつら、あんな攻城塔を隠し持っていたのか!?」
「今回の侵攻は、明らかに時間をかけて準備されたものです。完全に後手に回らされました……」
「攻城塔を城壁に近づかせるべきではない! 我が軍も打って出るべきだ!」
「馬鹿な! 城塞の優位を自ら捨てるつもりか!」
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