第18話 - 4 逃亡 ~意味のない思索
セイ=クラーゼンの逃亡により、トールの身辺は慌ただしくなった。トールには護衛として、2人の衛兵が付けられる。エレナへの嫌疑はとりあえず晴れたが、常に監視下に置かれる事となった。
当初この事件は、アラド=クラーゼン学院内での個人的なトラブルと、軽く見られていたフシがある。自警団には、完全な油断があった。
自警団は、地域の警察機能を担う存在である。退役軍人や有事に召集される予備役を中心に構成される。しかし参加資格に規定はなく、一般人も多く含まれる。無償である為、一種の名誉職としても位置付けられる。
勾留されたセイ=クラーゼンが温厚で協力的な態度であった為、自警団のリーダーは、「犯行は一時の激情であり危険性はない」と判断。事もあろうに、一般人の三人を引き渡しの任に就けてしまった。
その三人を殺害して逃亡したのだから、一転、セイ=クラーゼンは凶悪犯として追われる身となる。多くの衛兵も動員され、大規模な捜索が展開されている。
これはアラド=クラーゼン学院にとって、開校以来の大スキャンダルとなる。学院長であると同時に姉であるエレナに責が問われるのは、避けられない状況である。
学院は全面休校。学院長室に呼び出されたトールは、エレナに前夜と当日の状況を語った。
「その話だけを組み合わせたなら、セイは自分の政治理念に賛同しなかったから、お前を殺そうとした事になるな……」
自分で言っておきながら、到底、これが真実だとは考えられない。いくら激しく思い込んだとしても、そこまで支離滅裂な結論に至るだろうか? あるいはトールに言い負かされでもして、私怨に突き動かされたか。あるいは学院筆頭の座を守ろうとして……?
どれもエレナの知るセイ像とは、かけ離れている。セイは危うくはあるが、そこまで短絡的ではない。
「そう言えば、彼は僕に、聞く価値もない下らない理由だと言っていました。それが彼と話した最後です」
「……聞く価値もない、下らない理由か」
下らないと言うなら、どのような理由でも考えられる。学院筆頭の座を守ろうとしたという仮説も、思い詰めるに足る事情があったとするなら、一応の成立はする。
いくら考えても、結論など出ようはずもなかった。仮に腑に落ちる何かを見つけたとして、事実と確認が取れる訳でもない。この思索に、前向きで有意義な目的などない。ただ考えずにはいられないから、考えさせられているだけだ。
この時点で、オーシア聖騎士塾への留学から、ユリア=テロニクワ王妃の思慮のない思い付きに到達するなど、どのような名推理をもってしても不可能であろう。
学院長室に、沈黙の時間だけが過ぎ去っていく。その中でトールは、セイのどこか辛そうな様子が引っ掛かっていた。
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