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第18話 - 3 逃亡 ~セイを助ける理由

 そこでセイは察する。


「助けてくれたのは、貴方ですか?」


「ええ、あれなら自警団も衛兵も、セイ=クラーゼンは自力で逃走したと見えるでしょう。自衛団の方は、全員、殺されてしまいましたが……。可哀想に、街の平和を守る一般人ですよ?」


 セイの胸が痛む。確かに、訓練された者の動きではなかった。


「……何故、自力で逃げたように見せかける必要が?」


 コーネルの気配が変わった。セイはわずかに、右手に下げる剣の握りを強くする。


「言い忘れていましたが、私の任務は君の始末です。誰かに殺されたとなると、また余計な憶測と詮索が入ります。逃げて行方不明の方が、都合が良いんですよ」


「それは、ユリア=テロニクワ王妃の意向ですか?」


「私ごときが、独断で人など殺しませんよ」


 セイは、右八相に構えた。コーネルが何者かは知らないが、先ほどの身のこなし、いましめを気付かれずに外す技量、何より自分の追手としてここに居る事実、かなりやるのは間違いない。異能、幻影の暗殺者も知られている。


「ただ条件次第では、独断で君を見逃せはします。ユリア様からは叱られるでしょうが、殺す前に自力で逃げたという事情なら、仕方ないでしょう」


 構えを、少しだけ緩める。


「どのような条件ですか?」


「……話を、聞いて頂けますか?」


 コーネルは、現在進行中の計画を語った。エディンバラ公国の使節団を襲撃、その外交交渉を妨害する。オーシアとエディンバラとは、厳密には未だ戦争状態にある。停戦が長く続いているだけで、終戦には至っていない。今回の使節団との会合では、通商協定の更新と見直し、終戦に向けての話し合いが行われる見込みである。


 これが成功すれば、ジャミル=ミューゼル経済相に大きな功績が加算され、王位継承に前進するのは間違いない。王妃は、危険を冒してでも阻止する意志だ。


「決行は二日後ですが、当てにしていた傭兵団が検挙されてしまいましてね。人員を集めるのが大変なんですよ。そこで凄腕で鳴らすセイさんの手をお借り出来ればと思いまして……」


 セイが、怪訝けげんに眉をしかめる。


「私は、逃げたという話になるんですよね?」


「ええ、ですから正体を明かさず、ユリア様にも知られないように参加してもらいます」


「任務を果たした後に、報酬として解放されるのですか?」


 コーネルが、如何にも呆れたという風に、わざとらしく肩をすくめた。


「私は、時には冷酷にはなりますが、薄情な人間ではありません。使うだけ使って、無責任に放り出しはしませんよ」


「……と言うと?」


「任務完了後は、エディンバラ公国に亡命して頂きます。その後は好きに生きてください。あ、名前と顔は変えてもらいますよ」


 セイは考えた。このまま逃亡生活を続けるのを思えば、破格の条件と言える。襲撃任務の危険度は不明だが、リスクを取るだけの価値はある。……後は、コーネルが信頼できるか、だ。


「王妃の執事である貴方が、何故その意思に背いてまで、私を助けてくれるのです?」


 この疑問は当然であろう。セイを助けたところで、コーネルに得はない。王妃に露見すれば、自分の身が危うい。


「70を超えてくると、気分よく余生を送りたいと思うものなんですよ。必ずしもお天道様に顔向けできる生き方はして来ませんでしたが、少しくらいは普通の正しさも欲しい。忠誠心をもっての崇高な正しさとは、また別にです。要は、中途半端な人間が中途半端にバランスを取って、自分もそう捨てたもんじゃないと肯定したいだけ……かもしれませんな」


 よくもまあ、こうも自分の小ささと素直に向き合えるものだと、セイは感心した。呆れもしたが、崇高でありたい自分と現実の自分との狭間で苦悩して迷宮入りするよりは、遥かに好感が持てる。等身大の自分を受け入れるにも、それなりの覚悟がいる。この人物とは、もっと色々と語らいたかった。


「端的に言えば、寝覚めを悪くする理由を、あまり増やしたくないからですかね」


「承知しました。コーネルさんを信じます」


 セイは言葉通りに、コーネルを信頼した。もしも自分を騙す意図があるなら、他のよりもっともらしい理由を用意するはずだ。……裏をかいて自分を信用させたのなら、もう仕方がない。


 またセイには、同時にコーネルを信頼する理由があった。到底、論理的ではないが、感覚的には確証に値する。自分には、世界を変革する宿命がある。こんな所で終わる人間では、決してない。窮地を救うコーネルの提案は、神が用意した世界の必然だ。


 オーシアで政治家になる未来は閉ざされたが、この新たな道の先に、絶対に何かが待ち受けているはず。


 ? 遠くから、複数人の男の声が聞こえて来た。おそらくは捜索中の衛兵であろう。セイとコーネルは無言で目配せをし、その場を後にした。

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