第3話 - 4 ベルゼム VS トール ~エレナへの一撃
「トール、一つだけ訊きたい」
対戦後の握手を終え、ベルゼムが口を開いた。
「戦いの間、俺はずっとシュヴァルツの大将に見せた一撃を警戒していた。だが結局、お前は最後まで見せなかった。だから負けたと言い訳をするつもりはないが、何故だ?」
トールは誠実に、ベルゼムへの思い、あの剣撃を使わなかった理由を、一点の誤魔化しもなく説明した。手を抜いたと解釈される怖れもあったが、ベルゼムは憤ることなく、全てを受け止めたようだ。負けておきながら、「もっと本気で戦え」と要求する恥は、通常の感覚であろう。悪いのは、制約のある相手に勝てなかった、あるいは制約を解除させられなかった自分なのだから。
「トール、ベルゼム、二人ともよく戦った。47回生の現時点での最強を決めるに相応しい、一戦だったと思う。……些か、学生らしさには欠けたがな」
最後、エレナは苦笑した。若者に向こう見ずな積極性を期待するのは大人のエゴだと、弁えながらだからだ。
「知っての通り、この戦いは獅子王杯を睨んだものだ。ただ勝利するだけではなく、内容も求められる。我々には、トールのあの高速の一撃をもう一度、見極めたい狙いがあった。正直、このままだと微妙なんだ。実力はそれに相応しいと判断もできるが、病み上がりの疲労を突いての勝利では、決断に困る。……解るだろう?」
「はい」
トールは、神妙な面持ちで頷いた。
「そこでだ、トール。一度、この私に全力の一撃を打ち込んでくれないか? 得意なのは、上段か? 何でも構わないぞ」
「え、でも、学長に本気でなんて……」
「!? 何だ、私の心配をしているのか?」エレナは高笑う。「馬鹿にするなよ? 私が親の七光りで今の地位に就いているとでも思っているのか? 学生の剣で、どうこうなる私ではないよ」
「解りました。よろしくお願いします……」
下げた頭を上げると同時に、トールは中段に構える。ベルゼムから剣を受け取り、エレナが応じる。
「今から、踏み込んで上段を打ちます!」
「来い!」
トールの切っ先が、ゆったりと振り上げられる。エレナは、その軌道に感心した。一見、普通に振り上げただけだが、美しく無駄がない。学生のキャリアで、どれ程の鍛錬を積めばこうなるのだろう? いや、エレナの記憶する数週間前の時点では、こうではなかったはずだ。
頂点に達し、振り下ろされる直前の間。……エレナは死を直観し、戦慄を覚えた。振り下ろされた剣筋は、見えなかった。正確には、目で剣筋を追わなかった。
一歩、後退しながら反転! 上段斬りを躱しながら、遠心力を乗せた横薙ぎの剣がトールの側頭部を打つ。
飛燕!
トールの意識は刈り取られ、前方に卒倒した。凛々しく、フィニッシュの姿勢のまま静止するエレナ。ポカンと、信じられないものを見る目になるベルゼム。「え、何で??」と、同じ気持ちの観戦者たち。
ハッと、エレナが我に返る。そして一瞬にして、現状を把握した。
「こ・こ・これは違うんだ! トール、済まない!」
慌てふためき、担架を呼ぶ。
トールの一撃は、エレナの想定を遥かに超えていた。危機を察した身体が勝手に反応して、飛燕を繰り出してしまう程に。
予告: 第4話 トールの初デート?
いや、しかしこの状況は、客観的にはデートにしか見えない。ここまでデートっぽいのであれば、やはりそれは、関係性とは無関係にデートなのではないか?
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