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第17話 - 4 トールに迫る暗殺者 ~セイ=クラーゼン VS トール

 トールは、夢の中にあった。父と対峙するも、顔はおぼろげでよく判らない。何度か具体化を試みるも、合致せずに元に戻る。幼少期の別れで、トールの記憶が薄れてしまっているからだ。だが確かに、そこに存在するのは父で間違いなかった。


 父の背中には2本の槍が深々と刺さり、瞬時にして致命傷と知れた。血は、なぜか見えない。トールが「大丈夫!?」と尋ねると、父は見えない笑顔で「心配ない。大丈夫だ」と答えた。


 トールは、この時間が長く続かないと知っていた。懸命に、剣ではそこそこの腕前になれた事、将来は軍人を目指している事などを話した。父が「騎士に、未練はないのか?」と尋ねて来たので、トールは「ない」とだけ答えた。


 もうトールは、家族を失いたくなかった。「お父さんを、二度と殺させない!」と宣言し、軍人になる道を誓った。父はもう死んでいると知っていたので、トールは自身の言葉に訳が解らないと思った。


 父が、口を大きく開くのが見えた。何故かその口元だけは、明確に映像となっていた。


「トール、避けろ!」


 脳に、大音量が爆発した。刹那せつな、殺気の刃が斬り付けるよりも早く、トールはベッドから転げ落ちた。この殺気には、覚えがある。ウィンザー邸にいた奴だ。……そして、確信をもって合致した。ショッピングモールの広場で受けたセイ=クラーゼンの見えない一撃も、これだ!


 ベッドの下の短刀を手にし、トールは立ち上がる。窓から差す月明かりに照らされ、ウィンザー邸で消えた姿があった。背格好を認め、確信が深まる。


「セイ=クラーゼン、僕を殺して何の意味が?」


 自分は、命を狙われるような要人ではない。一時いっときとは言え語り合った学友に裏切られた衝撃より、疑問が先立った。セイは自分の名を呼ぶ確信の強さに、諦める。これで逃げる手はなく、殺すしかなくなった。


「……わざわざ聞く価値もない、下らない理由さ」


 これは、セイの本心だ。二本の短曲剣を構え、にじり寄る。この時のセイには、実剣ではなく、異能によって勝負をつけようとする意図があった。幻影の暗殺者は外傷を残さず、原因不明の変死となる。


 中央にベッドを挟んで向き合い、互いの短刀は届く距離にはない。――殺気の刃が、トールの胸元を襲った。反射的に短剣の腹で受ける。実剣と、違わぬ感触。


 トールは後方に跳び、背中で窓をぶち破った。木枠とガラスが砕かれる、激しい破壊音。後方に一回転し空中姿勢を整えながら、着地。相手だけが一方的に攻撃できる、不利な状況から抜け出した。


 チッと、セイは舌打ちした。人が集まる前に、決着をつけなければならない。セイも飛び下り、後を追う。


 二足ほどの距離で、二人は対峙する。トールは半身で左手に短刀を持ち、右手は軽く開いて顎の位置に置く。セイは短曲刀を二本、両手に装備。左の切っ先をトールの喉元に向け、右手は振り上げる。互いに遠目の間合いを保ち、出方と隙を伺い合う。


 窓の破壊音と気配で、寮生の誰かがやって来る可能性は高い。セイは、一対多数にはしたくない。トールは他の生徒や寮長を巻き込んで、危険に晒したくない。短時間勝負に、互いの意思は一致していた。


 先程、殺気の刃を刀身で受け、トールは一つの確信に至った。あれはトールが訓練で行う、イメージ上での模擬戦と同じものだ。殺気を、相手脳内で現実の剣撃に変える異能。ショッピングモールで右袈裟を受けた時は、実在する木剣が当たったと思った。受けた手の感触は、後にも余韻が残った。


 先程も剣で受けられたのは、脳が「受け止めた」と判定したからだ。これが肉体に当たり、首を切断された、心臓を貫かれた、と判定したらどうなるだろうか? 死んだと思い込んだ肉体は現実にも死ぬか、良くても深刻な損傷は免れないだろう。自身で行う模擬戦では、「これは現実ではない」という意識を残している。しかしセイの殺気の刃に、そのような手心はない。正直、殺られてみないと判らない。


 しかし異能の正体を察したところで、厄介なのは変わらない。ならば、せめて主導権は取る!


 トールは踏み込み、胸元を突く。セイは正中を右に外し、左手甲で手首を捌いた。流れで、右剣を腕に振り下ろすモーション。トールは肘を曲げる形で刀身をセイの剣筋に合わせ、右拳を直突きで顔に放つ。頬に被弾させたが、浅い。セイの意識を刈り取るには至らず。


 追撃の足は、殺気の刃、二連で止められる。


 寮の内部から、ザワザワと人の声が聞こえてきた。一つ、二つと部屋が灯る。時間切れが近い。


 セイが、フウっと小さく息を吐いた。半身で跳び込みざま、左で中段を薙ぐ。トールは、バックステップでこれを外す。間髪入れず、右袈裟がトールの喉元に振り下ろされる。これは、短刀で受けるしかない。


 刹那せつな、殺気の刃がトールの背中を襲う! これを避ける術は、トールにはない! セイは、勝利を確信した。


「任せて!」と、トールにだけ聞こえる凛とした女性の声。


 トールは、左手短刀で右袈裟を受け止めながら、平然と右拳を突き出した。……重い手応え。勝利を確信した分だけ、セイの反応が遅れた。顎の先端を捉えられ、セイの意識は完全に断ち切られた。


 ――セイが背後から放った殺気の刃は、フレイに受け止められていた。トールのイメージ上での模擬戦は、脳にとって現実と変わりない。「任せて!」と、笑顔で余裕しゃくしゃくに殺気の刃を止めたのなら、それが脳にとっての真実となる。トールは数百回も殺された相手に、これで一度だけ命を救われた。

予告: 第18話 逃亡


「ただ条件次第では、独断で君を見逃せはします。ユリア様からは叱られるでしょうが、殺す前に自力で逃げたという事情なら、仕方ないでしょう」




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