第16話 - 4 シンシアとメアリー、友達になる ~最後のお客さん
「面白そうだね。私にも、やらせてくれないか?」
今日を楽しむ分には十分な資金が溜まり、一段落が付いて終わろうとしたところで、一人の少年が名乗りを上げた。セイ=クラーゼンであるが、この中でその顔を知る者はまだいない。
「あ、良いですよ! どうぞ! お客様が最後の一人です」
快く、トールが応じる。
「へえ、ここまでの勝敗は、どんな感じだい?」
「はは、こいつ容赦を知らないんで、全勝ですよ。どこかの道場の師範代まで余裕で完封しちまって、可哀想ったらない。止めとくかい?」
カリムが、口を挟んだ。これを言う当の本人も、余裕で全勝している。ちょっとした力自慢の両手を相手にしても、まるで問題にしなかった。
「それは凄いね! 私はこれでも剣には少し自信があってね、胸を借りるとするよ」
木剣をトールから受け取り、セイは右胸を柄に刀身を立て、八相に構える。場に、一気に緊張が走った。トール、メアリー、シンシア、カリム、やる者であれば、セイの力は推し測れる。
「トール……」
「判ってる!」
カリムの忠告を、トールは遮った。玄人さんお断りと拒否も出来るだろうが……、トールは正対し中段に構える。セイに対する好奇心が勝った。……だろうなと、カリムは呆れる。シンシアは笑み、メアリーは見惚れた。
「では、よろしくお願いします!」
挨拶と同時に、セイが打って出る。初手、遠間からの片手上段。意表はつけるが、これはトールの対応範囲内。半身で躱す。再び、八相の構えから上段と中段を打ち分ける。トールは全てを、剣身で受けて捌いた。
重く鋭く、ハイレベルではあるが、トールに違和感が生じる。ただ普通に打ち込んでくるだけで、決めようという意図が感じられない。まるで、実力を測られているようだ。
――ニヤリと、悪戯っぽくセイが笑った。何かが来る!
八相の構えから来る右袈裟を、トールは刀身で弾き返す。ただ受けなかったのは、そこからの連続技に繋げさせない為だ。だがその刹那、弾き返したはずの刀身が変化し、左脇腹を横薙ぎに襲ってきた。
異能、『幻影の暗殺者』。セイの殺気はトールの脳内で真実となり、刀身は映像化され、受ければそう思い込んだ脳がダメージを現実化させる。弾き返した一手目は、幻影の暗殺者によって作られた虚構の剣であった。
対応する術もなく、トールは被弾した。
「クッ……」
重い衝撃が伝わり、トールは顔をしかめる。勝敗は決した。
「ああ……トール!」
メアリーが、悲痛な声を上げる。
「? フェイントに引っ掛かったように見えたけど、トールらしくない」
シンシアの目からは、幻影の暗殺者によって生み出された刀身は見えない。トールが剣を受けて跳ね上げるような動作をした隙に、中段を打たれた形に写った。
「ありがとう!」
セイが近寄り、握手を求めた。「こちらこそ、ありがとうございます!」と、トールは応じる。打たれたダメージも、そこまで深くはない。手加減があったのは、明らかだった。
「完敗でした! ……最後の打ち込まれたところ、あれはどうやったんですか?」
「……そうですね。真実は一つとは限らない、とだけ言っておきますね」
セイは、とぼけて見せた。幻影の暗殺者は、脳にとっては真実と区別がつかない。
「トール君、今度、ゆっくりとお話しましょう」
「え、はい、是非!」
セイは手を振り、戸惑うトールを背にする。雑踏に消えるセイを目で追いながら、カリムが気付いた。
「あいつ、セイ=クラーゼンじゃねーか?」
「本当?」
「ああ、一度、遠目に見ただけだが、多分……間違いない」
「どうりで、強いはずだね」
謎の強者の正体が判明して、トールの気が少し抜けた。同じ学院なら、何度か手を合わせる機会もあるだろう。
「お前はどこかで、主席を賭けて戦らなきゃいけない相手だな」
「そうだね……」
その時までに、何とか「真実は一つとは限らない」の手掛かりを掴んでおかなければいけない。――ただ、あの受けた感覚はどこかで……。
「あれ!? 今の人!」シンシアが、何かに気付いた。「お金、渡してないよね?」
あ……、打ち込まれた不思議さと負けた衝撃で、すっかり忘れていた。
予告: 第17話 トールに迫る暗殺者
「トール、避けろ!」
脳に、大音量が爆発した。刹那、殺気の刃が斬り付けるよりも早く、トールはベッドから転げ落ちた。
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