第14話 - 2 死の恐怖 ~本能を教育する
ゴードンはその後、死の恐怖との付き合い方について語った。
「人は恐怖した時、3つの選択肢がある。トール、何だか解るか?」
これには、フレイ戦前の心境で覚えがある。あの時のフレイは、自分にとって正に死の象徴だった。死そのものと、言って良いかもしれない。試合が始まるまでの間に耐えきれず、戦うか逃げるかを切望していた。
「はい、戦うこと、逃げること。あともう一つは……」
「あともう一つは、確実に死ぬヤツだ」
「では、絶望して諦めることです」
「その通りだ。死の恐怖は、このように行動を起こす原動力になる。戦って勝っても、逃げ延びても、結果として命が助かるから合理的だ。しかし絶望したら、もう終わりだ」
それも知っていると、トールは思った。フレイとの試合前に、自分は精神力を振り絞って絶望に堕ちずに済んだ。
「だから多くの兵にとって、唯一の正解は、怖れを闘争心の燃料にすることだ。つまりどうせメッキなら、上手に良いメッキを貼ってやればいい」
ここでゴードンは、続けて出そうになった言葉を飲み込んだ。火付けには、名誉や誇り、敵に非道があればその怒りなどを使う場合が多い。逃げるという、生存に対してもっとも合理的な道を閉ざして、戦う意志を固めるためだ。
……こんな事を教えて変に達観されて、闘争心に火が点かなくなっても困る。またベテランになると、解った上で、あえてそれに自分の心を乗せる技術も身に付いてくるものだ。
「よく出来たチームは、上官が上手く乗せてくれる。ただ上官を信じて従っているだけで、闘争心に火をつけてくれる。互いに、檄を飛ばし合ったりもするな。単純バカな奴の方が、ここでは有利だな。……カリム辺りを、手本にすると良い」
教室内で、また笑いが漏れる。一見、気難しく見えるゴードンではあるが、なかなか話が上手い。カリムは「なっ!?」という様子で、むしろ単純バカさ加減を証明していた。
「では先生、僕の質問に対する回答は、恐怖を闘争心の燃料にしろ。単純バカになって、火を点けろ。……で宜しいでしょうか?」
ゴードンは悪戯っぽく、鼻で笑った。何だか、とても楽しそうだ。
「多くの兵にとっての唯一だと、言っただろう? お前はその中に入ると……いや、入れると思うか?」
トールは、少し考え込む。
「無理ではないと思いますが、最善の選択ではないように感じます」
「その通りだ。トール、お前は素直で真っすぐなヤツだが、単純バカではない。そういう自分を選んでいる、小賢しいヤツだ。だったらお前は、感情のコントロールを更に磨け。その先で、恐怖心を燃料にする最善を見つけ出せ」
小賢しいヤツって……。トールは、心の中で苦笑した。よく見ているものだなと、素直に感心する。小賢しいという評価には異議を唱えたいが、そういう自分を選んでいると言われると、思い当たる部分が大きい。
自分にだって、嫉妬や憎悪はある。他人からの称賛や栄光を、求めたい気持ちだってある。しかし、そんな自分は嫌いだ。自分は自分のために、好きな自分で居続けたい。ただそんな自身の在り方を、窮屈に感じる時もある。有りのままの自分を全て解放している人間は、ノビノビと魅力に溢れて見える。……そうか、だから自分はカリムの奴を好きなんだ。
ただ感情をコントロールした先に、どんな境地が待っているのだろう? ゴードン先生は、その世界を知っていて言っているのだろうか?
「……何だか、よく解らないという顔だな。よし! 皆もよく聞いておくように! 必ず、どこかで役立つ話だ」
教室の雰囲気が、一気に引き締まる。
「いいか? 本能を理性で教育するんだ。皆にも、剣を振り始めた頃に経験しているはずだ。力を強く入れたら、剣は速くならない。逆に力を抜いた時、驚くほど鋭く振れただろ? 要はあれだ」
えっ!? というカリムの声が聞こえて来た。見ると、目をキョロキョロとさせている。おいおい、そこからかよ……と、トールは思った。
「恐怖をそのまま燃焼させたら、火力が強くなり過ぎて冷静さを失う。冷静さを失えば、生き残れる確率は減る。簡単な道理だ。だから本能に、冷静さを欠く恐怖を教えろ。すると今度は、本能は恐怖心を感覚を研ぎ澄ます方に使うようになる。つまり、恐怖は冷静に発揮できる集中力に変わる」
教室の皆は、息を飲んだ。殆どの者が、自分はその境地に到達できるのか? と疑わずにはいられなかった。一部の達人だけに許された、究極の境地のように感じられたからだ。
「そしてその冷静さと集中力で、生き延びろ。本能は冷静に集中できている状態こそ、生存に有利だと学習する。本能が理性との喧嘩を止めて、一致団結してくれるんだ。ここに至れば、間違いなく恐怖心との付き合い方としては最強だ」
死線を潜った先にある話は、生徒たちにはピンと来ない。しかし唯一、トールだけは話の片鱗を捉えていた。
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