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第14話 - 1 死の恐怖 ~死を恐れない勇敢な戦士など、存在しない

 一日を置き、トールは日常に戻った。アラド=クラーゼン学院での研鑽の日々が、再開される。


 トールの意識は、ここで大きく変貌していた。軍属を志望するトールは、常に戦場を想定してきた。実戦のための練習ではあるが、そこにはある危険が付きまとう。練習段階での評価基準、木剣での試合に意識を捕らわれ過ぎれば、研鑽と成長がズレる。実戦という想定を外れ、練習のための練習に陥る。


 敗北が死とイコールで結ばれる世界を、自分はリアルに描いていただろうか? 命を危険にさらす精神状態を、本当に想定できていただろうか? 仲間の到着を待つという、合理的ではあるが死の危険から遠ざかる選択で、思考停止に陥っていたのではないか?


 級友にいつもと変わらぬ顔を見せながら、ウィンザー邸で賊を逃がした悔いは、トールの心に深い影を落とす。


 ただ一人シンシアだけは、それを違和感として受け取っていた。どこか、演技のよう……。何があったか、後で訊いてみよう。


 軍事戦術論の講義に入る前に、ゴードン先生から知らせがあった。アラド=クラーゼン学院筆頭、3年生のセイ=クラーゼンが留学先から帰校した。クラーゼン姓を有するセイは、学院長エレナの異母弟に当たる。その優秀さからか縁故からか、王妃の創設した『オーシア聖騎士塾』への留学を務めていた。この時期での帰校は、卒業をクラーゼン学院で迎えるためである。


 1年生はセイを、その存在くらいしか知らない。しかし2年生当時にしてクラーゼン学院筆頭の肩書き、超エリートが集まるオーシア聖騎士塾への留学から、とにかく凄い人というだけの認識はある。獅子王杯の時も、「もしもセイ=クラーゼンが出ていたなら、どうだったであろう?」と噂されるのを聞いている。


 現段階で、必然的に関心はトールとの比較に集まる。セイ=クラーゼンとトール、果たして学院筆頭は、どちらであろうか? と。


「ゴードン先生、一つ、質問を宜しいでしょうか?」


 一区切りついた所で、トールが手を上げる。


「何だね?」


「先生は以前の講義で、恐怖という感情を戦術に盛り込む話をなさいました。怖れさせるだけで、戦力を大きく削げるのだと。だとしたら、自分が死の恐怖に支配されない為には、どうすれば良いのでしょうか?」


「トール、君は護衛任務で、何か感じるものがあったようだね。よろしい! 極めて重要なテーマなので、他の生徒もよく聞くように!」


「ありがとうございます。お願いします」


 ゴードンは軽く、乱れてもいない襟のタイを整えた。これから真剣に話すという時の癖、ルーティーンである。


「まず、死の恐怖を消し去ることなど、不可能だと知るべきだ。知能を有するあらゆる生き物は、死を恐れるからこそ生き延びられて来た。……このただ学院から支給されたこのペンを、家族や恋人のように大切に思えるかね? それよりも難しい」


 ここでゴードンはニヤリとして、最前列の女子生徒を見やる。


「ただこのようなカワイイ動物の形でもしていれば、家族同様に思える人間もいるだろうがな……」


 ある種の危険を感じ、女子生徒は抱いていたウサギのぬいぐるみを背中に隠した。目で、ゴードンを牽制する。クスクスと、教室内で笑い声が漏れる。


「だから決して、死を恐れない勇敢な戦士になろう! などとは考えるな。考えるだけ無駄であるし、そのような自己暗示は戦場で容易く解ける。俺は戦場で、死を恐れないと豪語した兵士が、恐怖に飲まれる様を何度も見て来た」


 ここでベルゼムが、口を挟む。


「先生、だとしたら死を恐れない勇敢な戦士など、存在しないのでしょうか?」


 教室の皆は、いかにも「自分は死など恐れない」と言いそうなタイプだからな……と思った。


「ああ、奴らの勇敢な姿など、メッキのようなものだ……」


 ゴードンは、死への恐怖は消せないが、高揚感や興奮で誤魔化せはすると語った。相反する感情の両方を持っていた時、片方が極端に大きくなれば、もう片方は存在しないかのように錯覚するもの。加えて、意図的に死の恐怖から目を背けているのだから、表面上では死を恐れない勇敢な戦士が誕生する。


 しかし死の恐怖は、生物として持つ根本的な本能である。そのような大きな感情を、誤魔化し続けられはしない。戦局が不利に傾くなど、何かの切っ掛けで簡単にそのメッキは剥がれ落ちる。また逆に、有利になった途端に死ぬのが怖くなる者もいる。


「不利になっても有利になっても出てくるんだから、死の恐怖ってやつは抜け目ない」


 と、ゴードンは笑った。けれど、生徒でそれを笑える経験の持ち主はいない。


 トールには、この話は身に染みた。ドラエフと戦った時は、不思議とさほど怖くはなかった。真剣を持ったフレイに比べれば死を感じ難かったのもあるが、明らかに戦闘意欲の方が勝っていた。外壁に一人で残された時点で、そう覚悟が決まっていた。しかし書庫前で、仲間と戦えると思った時、自分は緩んだ。……あの時、確かに自分は恐怖していた。


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