第13話 - 2 トールの初陣 ~追い詰められる逃亡者
トールに、人を殺した感慨はなかった。むしろ冷静な自分が恐ろしく、かえって不気味に思えた。自分は、ここまで割り切れる人間だったのか? いや、今こうして考えている事そのものが、動揺の証なのかもしれない。あるいは、戸惑いか?
襲撃犯の言葉に拠れば、彼らの目的は達せられて逃亡の段階にある。新たに外部から、人はやって来ない。すぐに向かうと一度は決めたが、……このまま同じ場所で張っておくべきか、邸内に加勢すべきか。
護衛対象であるジャミル=ミューゼル侯爵の生死が不明である以上、やはり自分はそちらを優先すべきだ。この場所が逃走経路の穴になるのは、仕方がない。
数秒の思考で、トールの腹は決まった。ヘラグの指示に背く形にもなるが、それも承知の上である。
ヘラグが壁を越えたのと同じ要領で、トールも跳躍する。邸内の喧騒から、激しい混乱状況にあると知れる。
抜刀し、トールは走った。正面玄関から邸内に入ろうとした時、上階に奇妙な気配を感じた。大きな闘気……殺気が出現し、消え去った。トールが訓練で行うイメージ上での模擬戦に、近い気配があった。……何が、起こっている?
と、その時、横目に黒い影が横切る。敵と判断し、トールは後を追った。1秒遅れで角を曲がった先で、廊下の一室に入るのが見えた。……揺れる扉。慎重に開くと、中はどうやら書庫のようだ。敵の姿は見えない。トールは長剣を鞘に収め、足元に置いた。代わりに、短剣を抜く。
部屋に窓はなく、脱出される恐れはない。トールは中には入らず、応援を要請する笛を吹いた。逃げられる心配がない以上、ここは数的優位を取る。ガタ、ガタと小さく音が聞こえて来た。ここにいるのは、間違いない。
程なくして、騎士団のエドワードとウィンザー邸付きの衛兵が、駆け付けて来た。遅れて、ヘラグも到着する。ホッと気が緩みそうになるのを、慌てて引き締め直す。
「トール、お前……」
ヘラグが何かを言いかけるを制し、トールが状況を説明する。
「よし、解った。俺とエドワードで、部屋を探索する。トールはここで、出入り口を固めろ」
即座に、ヘラグが指揮を執った。飲み込みも判断も、さすがに迅速だ。
「……衛兵さんは」と、ウィンザー邸付きの衛兵を向くと、完全に目が泳いでいた。私はお役には立てません。だから危険な役目を任せないでください。と、訴えかけているようだ。ハァ、とヘラグは溜息をつく。
「じゃあ衛兵さんは、離れた所で見学でもしてくれ! 俺たちの活躍を証言する、非常に重要な役目だ!」
言い終わりざま、ヘラグは軽くウィンク。衛兵は嬉々とした面持ちで、「はい!」と敬礼を返した。
ヘラグとエドワードが、慎重に書庫を探索する。……しかし、誰もいない。人が潜めそうな所、潜めそうにない所まで全て潰したが、結果は同じ。敵は書庫内で、完全に消失してしまった。
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