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第11話 - 3 ジャミル=ミューゼル侯爵との対話 ~不運な夫婦

 ウィンザー邸の入り口を見下ろす一部屋から、一台の馬車と護衛に当たる騎兵が確認できた。馬車の特徴から、ジャミル=ミューゼル侯爵と見て間違いないだろう。微かに見えた相貌も、彼の特徴と一致している。


「ジョーカー、護衛は10人。おそらく馬車の中にも1人か2人。思っていた以上に多いようです」


「ああ、屋敷が広いからな。外を固めるのに人数が必要なんだろう。侵入してしまえば、中の人数も限られる」


「問題は、フレイがどこにいるか? ですが……」


「常識的に考えれば、侯爵のすぐ側だろうな」


 部屋にいるのは、男5人。何れも屈強で、善良な一般人とは、明らかにかけ離れた風貌の者もあった。その中にあってただ一人、ジョーカーと呼ばれる少年だけは異質にあった。年齢の若さは元より、育ちの良さから来る品を感じさせた。


 5人は、互いに本名を知らない。今回の依頼に限定して、それぞれをジョーカー、スペード、ダイヤ、クラブ、ハートと呼び合っている。ハートと呼ばれる男の顔がもっとも凶悪そうなのは、名付けた者の悪いジョークだ。


「……ところで、あの夫婦を、いつまでそうしているつもりだ?」


 と、目を向けた先には、この部屋の住人である若い夫婦の姿があった。二人とも両手両足を束縛され、口を塞がれている。脅え切った目は、ジョーカーに哀願を伝えていた。


「もう聞く事もないから、殺しちゃいます?」


 スペードの表情と声には、喜びが含まれていた。ウー! と、夫婦から抗議とも悲鳴ともつかぬ声が漏れる。


「好きにしろ……」


 ジョーカーは、夫婦から目を逸らした。この夫婦は、運が悪かった。本来であれば、今日、この部屋には誰もいないはずだった。何の事情かは知らないが、帰って来てしまったのだから、どうにもならない。口を封じる以外の選択肢は、与えられていなかった。


 スペードはダガーを抜き、夫婦の目の前に立つ。大きくなる、夫婦の悲鳴。夫はジョーカーを向き、懸命に何かを訴えようとしている。5人のやり取りから、リーダーはその少年と察していたからである。だがジョーカーは、夫婦には一瞥いちべつも与えなかった。無表情な横顔は、夫に絶望を深めた。


「教えてもらったパン屋が、美味しかったからよ。礼に、なるだけ楽に殺してやるよ」


 スペードの言葉には、文字通りの感謝が含まれていた。礼というのも、本心である。


「ただ、このまま訳も解らずに死なせるのは、俺も忍びない。かいつまんで、お前らの不幸な境遇を教えてやるよ」


 やるなら、さっさと済ませてくれ。と、ジョーカーは思った。いくらリーダーとは言っても、このチームにはそもそも結束がない。指図や口出しをして、無用な反感と対立を生むのは、できるだけ避けたかった。


「その前に、これは俺の都合なんだが、簡単な質問に答えて欲しい。良いかね?」


 夫婦は、黙って頷く。この状況で、断れるはずもない。


「俺はこの世の中には、完全な善人もいなければ悪人もいないと思っている。お前らは見たところ善人そうだが、俺がまだ知らない完全な善人っていうのでもないだろう?」


 ……。


「もしも、だ。もしも生まれて一度も悪事を働いていない。ちょっとした盗み、間違えて多く渡された釣り銭を頂いてしまうような事もしていない。自分が有利になるように、どんな小さな嘘も吐いた事がない。……っていう人間だったら、自分がそうだと教えてくれ。……そうだな、軽く頷いてくれれば良い」


 夫婦は考え、互いに目を合わせた。無論、自分達はそんな完璧な善人には該当し得ない。この場合、嘘を吐いて肯定するのが正解なのか、正直に否定するのが正解なのかの迷いだ。


「ああ、もういい! 俺はこう見えても、人の心を探る専門家でね。お前らが違うっていうのは、もう解った。そうだよな、常識で考えれば当たり前だ。手間を取らせて、悪かった」


 スペードは、ドサッと二人の前に座り込んだ。 


「今から訪れるお前らの死には、特に意味はない。ただ不運だっただけさ。……でもな、考えてみて欲しい。世の中には、事故で死ぬヤツだって大勢いる。何の意味もなく、ただ不運だったから死んでいくんだ。そう思えば、別にお前らだけが不幸ってんでもない。だから少しは、気を楽にして死んでくれ」


 必死に何かを訴える夫婦に、スペードは真剣な眼差しを向ける。その姿からは、懸命に夫婦の言わんとする事を読み取ろうとする意思があった。


「ごめんな……、最後の話を聞いてやれなくて。だがな、何を言いたいのかは、だいたい解っている。誰にも言わないから助けてくれとか、妻だけでも助けてくれとか、残された誰かに伝えたいメッセージがあるとか、どうせその辺だろ?」


 身を乗り出し、スペードは夫婦の顔を覗き込んだ。この顔だけなら、どこにでもいる、普通に親切な青年のようにも見える。……二人の目の表情から、スペードは自身の言の正しさを確信した。


「でもな、助けないし、メッセージも伝えない。だから、もうここで終いだ……」


 言い終える直前に、ダガーは二人の喉元を切り裂いた。突然の呼吸困難に陥り、二人は自分が切られたとも解らず、静かに絶命した。


 ジョーカーは床に広がる血液を見て、わずかに眉をひそめた。


予告: 第12話 ウィンザー邸、襲撃事件


「お前、人を殺した経験は……ないだろうな。……一瞬でも躊躇したら、自分が殺されると思え。現場では、甘いやつ、優しいやつから死んでいくんだ。任務を果たす、敵を殺す、自分が生き残る、それ以外の事は何も考えるな。……良いな?」




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