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第11話 - 2 ジャミル=ミューゼル侯爵との対話 ~人の愚かさの根源

 ジャミルは、人の愚かさの根源には、飢えと恐怖があると語った。この場合の飢えとは、食料以外も含む。自尊心、愛情、刺激といったものにも、人は飢えを感じる。飢えれば満たそうとする、怖れれば逃れようとする。飢えを満たすため、恐怖から逃れるために他者から奪おうとした時、戦争は起こる。


 ただ一方、歴史上では、強欲な為政者が引き起こす戦争もある。ジャミルはこれも、背景には飢えや恐怖があるのだとした。


「閣下は、この世界から戦争を無くそうとされているのですか?」


 ヘラグの問いに、ジャミルは深く頷いた。


「私はね、戦争そのものは否定しない。戦争はあくまでも手段であって、目的ではないからね。場合によっては、戦争という手段が、もっとも正しい時だってある」


 トールは、ジャミルの言葉に息を呑んだ。ジャミル=ミューゼル侯爵は、現実を知らぬ夢想家だ。政治の座から退いて、詩人か芸術家にでもなれば良い。といった悪評からは、もっともかけ離れた人物であると感じた。


 戦争を否定するのは、簡単である。責任のない立場から、「戦争反対!」を叫べば済む。しかし現実に戦争を回避するには、戦争を否定するだけでは足りない。多くの観点から、戦争を起こす利益と動機を減らし、不利益を増やす取り組みが求められる。つまり、戦争を起こしても得をしない世界を構築しなければならない。


「私は、所謂、ジャミル案によって、……と言ってもアダミスの受け売りも良いところなのだが、多少なりとも世界から飢えと恐怖を減らせると思っているのだよ」


 トールはジャミル案の概要を聞き、ある程度は納得できた。確かに、弱者が助けられるなら、彼らは生きる為に牙を剥かずに済む。それが世界秩序とより大きな繁栄をもたらすのであれば、強国にとっても利益となる。話の辻褄は、合っているように思える。


 しかし同時に、疑問も湧いた。弱くても助けてもらえるなら、人は弱者の立場に安住するのではないか? 仮にそうなった時、助ける側の人間は納得できるのだろうか? この関係性の歪さは、新たな利害関係と対立構造を生み出すのではないか? それは結局、戦争の火種になってしまうのでは?


 侯爵は、自身の聡明さと善良さを基準にして、世界の人々を測っているように思えた。しかしトールは、その疑問をジャミルに問えなかった。一護衛に過ぎない、しかも騎士団に臨時で参加している学生の身分で、反論めいた質問など出来るはずもない。


 そんなトールの疑問を見透かしたように、ジャミルは悪戯っぽく目を細めた。


「少し説教っぽくなってしまうのだけれど、君達のような若者に、伝えておきたい事がある」


 ヘラグとトールは、姿勢を正した。


「一つの正しさは、一つの間違いであり、悪でもある。己の正しさを貫こうとする時は、それによって傷つけられる人の存在を、いつも思うようにしなさい」


 この言葉を、トールは曖昧にしか理解できなかった。しかし重要な真実であると、納得もした。


 ジャミルは、誰もが判る間違いや悪よりも、正しさの中に潜むそれらの方が、より恐ろしい存在であると知っていた。正義のお墨付きを得た悪は、純粋な悪よりも質が悪い。ジャミル案でさえも、そこに潜む悪が、やがて誰かを傷つけ不幸にするかもしれない。いや手綱の引き方を間違えれば、必ずそうなる。ヘラグとトールに語った教訓は、政治家としての自身への自戒でもあった。


 ――馬車は、目的地のウィンザー邸に着こうとしていた。


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