第11話 - 1 ジャミル=ミューゼル侯爵との対話 ~戦争は、なぜ起こるのだろうか?
護衛任務の当日、トールは馬車の中で、ジャミル=ミューゼル侯爵と向かい合っていた。普通に生活していたら、一生、お目にかかれない程の地位にある人間である。自分のあまりの場違いぶりに、トールはただ縮こまるだけだった。
馬車の周囲には、フレイ他、王立騎士団10名で護衛を固めている。
「トール、高貴な方に緊張していたら、護衛は務まりませんよ」
見かねたヘラグが、穏やかに戒める。普段とはまるで違う言葉使いに、トールは軽く吹き出しそうになった。
トールのこの配置には、いくつか理由があった。基本的に、護衛側は先手を取られる。敵襲は、不意打ちであって当たり前だ。だが訓練された騎士であれば、不意打ちを不意打ちでなくせる。地形などの条件から、起こり得る襲撃の形を想定し備えられる。一人、配置に拙い者がいれば、そこに護衛の穴が生じる。またそれ以前の問題として、トールは馬に乗れなかった。消去法で、馬車の中しか任せられなかったのである。
またそうであれば、いっそ馬車移動中の護衛任務からは外すという選択肢もあった。だがそこは、騎士団長:アイゼキューターの親心だ。学生であるトールに、ジャミル=ミューゼル侯爵と接する時間を作ってやりたかった。
その代わり、即席ではあるが訓練は厳しかった。馬車の中では、長物は使えない。トールには徹底的に、様になる位には短刀術を叩き込んだ。
「いざという時に護ってもらえないと困りますから、少し、話でもして緊張を和らげましょう」
ジャミルの気さくな申し出は、トールにとっても、実はヘラグにとっても有難かった。
「はい、光栄です」
「よろしくお願いします!」
フフと、ジャミルが笑む。その相貌からは、威厳と知性、洒落っ気が伺い知れた。切れ長の目はどこか色気を感じさせ、40代前半には見えない若々しさがある。人としての大きさは、誰の目からも明らかであろう。
「とは言うものの……何を話しましょうか? そうだ! 私が今、成し遂げようとしている事を聞いてください」
ヘラグとトールは、一瞬、固まった。難しい政治の話に、付いていけるとは思えなかったからである。
「大丈夫ですよ。私だって、貴方達が学者の卵でない事くらいは承知しています。ちゃんと、理解できるように話しますから、ご心配なく……」
「閣下、お心遣い、感謝いたします」
改まって、ヘラグが頭を深々と下げた。慌てて、トールも追随する。
「まず一つ、二人に質問しよう。戦争は、なぜ起こるのだと思う?」
トールは、考え込んだ。戦争が始まる原因と言えば、おおよそは領土や資源の争いになる。次期の王の座をめぐる権力抗争、それに利害関係の強い他国が参入して戦争に発展。といったものも、歴史上の知識としては知っている。ただ今の問いは、もっと根本的な何かであろう。
「人が、愚かだからでしょうか?」
間を置き、ヘラグが回答した。
「そうだね、それも答えだと思う。けれども私は、人の愚かさは、人である限りは逃れられないと考えているんだ。ただ人は、賢明にも愚かにもなれる。何が人を賢明にさせ、何が人を愚かにさせるのか、そこを考えてみて欲しい」
人を愚かにさせる理由……、そのようなテーマで、トールは物事を考えた経験がなかった。愚かさが戦争の原因であるなら、人を愚かにさせるものは何か? もしもその原因を解消できたなら、戦争はもう起こらないと言うのだろうか?
馬車の旅路は、まだ始まったばかりだ。
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