第10話 - 2 騎士団、護衛任務への招聘 ~ゾーンという技術
フレイ戦の後、トールは新境地を得た! と、期待していた。何時でも自由にゾーンに入れるのであれば、もはや上級異能級の技術である。自身の基本戦力が向上すれば、ゾーンに拠る到達点も比例する。
だが、あのゾーンが再現できない。イメージ上の模擬戦では、フレイの強さは再現できても、自身はゾーンに入れない。最も大きな違いは、実物のフレイが目の前にいるか否か。……ここから導き出される原因は、リソースの割り振りであろう。
ゾーンの大元にあるのは、人が生き物として持つ『緊急危険回避』だと考えられる。事故などで命が脅かされた時、時間がゆっくりと流れて冷静に考えられた。火事などの災害時に、無我夢中で重い物を持ち上げて逃れた。といった話に、類するものである。
人には瞬間的に、自分以上の力を発揮できるモードがある。では何故、激痛や死の恐怖すら体現できるトールのイメージで、ゾーンに入れないのか? その可能性として、トールは潜在意識のリソース不足を仮定した。
ゾーン中は、知覚、思考、身体操作の全てが極限まで向上される。これをゾーンではない、通常時と比較すれば理解できる。何かに意識を集中させれば、他のものが疎かになる。料理のこぼれそうな皿を運びながら、会話に集中できない。精神エネルギーは有限で、意識の比重によって割り振って使われる。おそらくその事情は、ゾーン中であっても同様であろう。つまりイメージでフレイを創造するのに多くのリソースを割いてあるため、ゾーンに入れないという訳だ。
この仮定は、トールにとって違和感のない、しっくりと来るものだった。ゾーンに入るには、状況や環境の助けが必要になる。自分の意志で、自由に入れるものではない。これがゾーンに対する、現時点でのトールの結論だった。
自由に入れないのであれば、ゾーンはないものとして考えなければならない。また生物の緊急危機回避に根差している以上、誰であっても可能性はある。自分だけではなく、戦う相手がゾーンに入るケースについても、視野に入れる必要がある。如何に、ゾーンに入らせないか。ゾーンに入った時、如何にそれを終わらせるのか。
「トール、遅れてゴメンね!」
稽古場に、用事を済ませたシンシアが到着した。ハァハァと、少し息を切らせている。
「大丈夫。ちょうど、考え事もできたし」
「……考え事って、なぁに?」
「前に話した、ゾーンについて。何とかコントロールできる技術にしたいんだけど、今のところは、運頼みになりそうだね」
「ふーん、それは良かったような、残念なような……」
「残念?」
「だって、あんなトールには、追いつける気がしないし。私は今でも、学年一位を諦めたんじゃないですからね!」
ハハ、とトールは笑った。自分が他人から目標にされるのには、慣れていない。今、こうして稽古場にいても、他の生徒たちから意識されているのが解る。こんな違和感を覚えた時、今の自分が、本当の自分ではない気がして来る。
今日は、久しぶりにシンシアの異能、空中浮揚を使う予定になっている。基礎訓練ばかりで勘が衰えるのを防ぐのと、短期間ではあるが、通常の剣術の向上との相乗効果を確認する意図がある。
またトールも、藍玉蜂と呼ばれるシンシアのスタイルを気に入っていた。手合わせしていて楽しいし、他の意味でも得難い訓練にもなる。空中を移動しながらの攻撃には、通常では有り得ない角度とリズムが生まれる。これが意表をつく攻撃への対処に、大いに役立つ。獅子王杯の3回戦で、相手の変則攻撃に対処し切れたのは、シンシアと過ごした時間のお陰だ。
――自主訓練が終わり、帰り支度をする二人。ふと、トールは思い出したように、シンシアにある申し出をした。
「今度、何時になるか判らないけど、シュヴァルツのメアリーと稽古をするんだ。良かったら、一緒にどうだ?」
「はぁ!? メアリー……?」
シンシアの顔に陰が走り、声に怒気がこもる。
え、何を怒って……? トールは戸惑う。そうか、きっと交流戦で負けた相手だから、敵対心があるんだな。でも、そういう相手と一緒に練習するのは、絶対にシンシアにとっても良い事だと思う!
「シンシアにも思うところはあるだろうけど、メアリーは強いし、きっと為になると思うよ!」
「……まあ、良いけど。何でトールが、メアリーと?」
「学校を休んでいる間に寮の部屋に来て、メアリーから申し出てくれたんだよ」
シンシアの目が、カッと見開いた。異能、『石化』でも得そうな形相である。
「あの……シンシアさん?」
「ええ、分かったわ。私もその稽古に、お邪魔させてもらっても良いかしら?」
こんな怖い敬語は初めてだ……と、トールは脅えた。しかしシンシアはこの旺盛な負けん気で、強くなるタイプなんだろうと思った。まあ、いきなり斬りかかったりはしないだろう……。
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