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第10話 - 1 騎士団、護衛任務への招聘 ~卒業後、騎士団を希望するのかい?

 登校して早々、トールは学院長室に呼び出された。相談に乗ってもらったお礼、試合の所感、その他ひとしきり事務的な会話を終えると、エレナは本題に入った。


「お前に、王立騎士団から依頼があった。護衛任務だ」


「自分が……ですか? 失礼ですが、護衛の訓練も受けておらず、若輩者のこの身で務まるとは思えません」


「先方も重々、承知の上だ。その上での依頼だから、お前の心配には及ばんよ」


 少し、トールは考え込む。王立騎士団が行う程の護衛任務に参加できるのであれば、この上ない名誉であるし、良い経験にもなるに違いない。けれども自分の責でもしもの事があれば、到底、背負い切れるものではない。大変、有難い申し出には違いないが、今回は断らせてもらおう。


「……大変、申し訳ないのですが、今回の話は……」


「もう、承諾してある」


 話の途中で、エレナが被せる。


「はい!? え、そんな勝手に……!」


「トール、お前の気持ちはよく解る。現時点での経験や立場の段階で、気後れするなという方が無理だ」


「……でしたら」


「ただ、トール。栄誉だ、良い経験になる、とも思っただろ?」


「それは、まあ」


「私は、教育者だ。貴重な生徒の成長機会を、見過ごす訳はなかろうよ」


 エレナの言葉には、強い確信と意志があった。


「……解りました」


 であれば、少しでも迷ったトールは、受けるしかない。


「心配するな! 学生であるお前に、過度な責任を負わせはしないだろう。気楽に……とは流石に言えんが、あまり気負わずに務めて来い!」


「はい! アラド=クラーゼン学院の名誉を汚さぬよう、尽力いたします!」


 トールの表情が、引き締まる。やると決めたなら、もう迷いはない。


「ところで学院長、護衛対象はどなたなのですか?」


「ジャミル=ミューゼル侯爵だ。オーシア王国、現経済相、王位継承権2位、大物だぞ」


 !!!


 不敵に笑むエレナ。トールの動揺を、面白がっているようだ。


「お前もある程度は知っているだろうが、閣下は大胆な改革派で知られる。命を狙われる理由には、困らないお方だ」


 エレナはざっと、ジャミル=ミューゼル侯爵が置かれる状況を説明した。既得権益者にとって、ジャミル案は歓迎されない事。王位継承権1位のチューダ=オーシア王太子は温厚な人柄で知られるが、王太子派閣僚と貴族の中には、陰謀を巡らせてでも後顧こうこうれいを断っておきたい者が含まれるだろう事。


「……詳しくは騎士団からの連絡を待つが、お前は移動中と会議中の警護を任される。この機会に、先輩方に色々と教えてもらえ」


「はい! しかし学院長、一つだけ疑問が残ります。獅子王杯の成績を評価されたのは解りますが、それにしても僕などに声がかかるのは、やはり不思議な気がします」


「だろうな。私も同じ疑問を使者にぶつけてみたのだが、どうやらフレイの強い推薦らしい。よほどお前を、騎士団に引き入れでもしたいのだろう」


 実際のところ、騎士団も学生の手を借りる程、人手不足ではない。これは有望な学生に経験を積ませる慣習であり、またスカウト活動の一環でもある。呼び寄せて相応しい人材か否かを見極めると同時に、有望と見るや強く勧誘する。要は、人材の青田買いだ。


「まだ先の話ではあるが、お前はどうなんだ? 卒業後、騎士団を希望するのか?」


「いえ、自分は軍属を希望します!」


「……理由を、聞かせてもらっても構わないかな?」


 トールは、軍属を希望する理由を述べた。国境付近に位置するトールの故郷となる町は、要塞を兼ねている。トールが産まれてから大規模な戦争はないが、何回かは軍事的緊張が高まり、小競り合いは起こっている。軍人だったトールの父は、その戦いで命を落とした。


 騎士団は、王族や貴族、あるいは教会を守る私兵のようなものだ。それも名誉ある立派な職務だと思うが、自分は直接、故郷や国民を守りたい。


「殺された父親の復讐、という気持ちはあるのかね?」


 エレナは、単刀直入に尋ねた。それなら、トールの並外れた意欲の高さにも、合点がいく。


「いえ、目の前に父を殺した張本人が現れたらどう思うかは判りませんが、復讐ではありません。復讐はまた新たな復讐を生み、身内を危険に晒します。僕が戦うのは、平和のためです」


 オーシアが侵略を始めたら、どうするつもりだ? と尋ねようとして、エレナは思い留まった。


「しかし軍人になったとして、希望通りの配属になるとは限らんぞ? それでも良いのか?」


「はい、自分が与えられた職務を果たせば、オーシア全体にとっての利益となります。それは直接ではなくても、故郷を守ることになると考えています」


 剣の型だけではなく、考え方まで模範解答なのだな。と、エレナは呆れ半分で感心した。そのような純粋さは、学生の特権である。それを大人が問答で茶々入れするのは、越権行為であろう。


「……了解した。進路を決めるのは、まだ少し先の話だ。今回は、騎士団というものを見て来い」


「はい!」


 この真っすぐな若者の心が、どこかで歪んでしまわぬよう……。と、エレナは願わずにはいられなかった。


 そして今この時、静かに戦禍が忍び寄っているとは、オーシアの誰も知り得なかった。


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