第9話 - 3 獅子王杯、準決勝 フレイ VS トール ~メアリー、トールの部屋を訪問する
フレイ勝利の報は、当然の結果として受け入れられた。この試合で名を上げたのは、敗戦したトールの側である。高等学校の1年生が、フレイを相手に善戦をして見せたのだ。アラド=クラーゼン学院には、名だたる騎士団、軍部師団から多くの打診が寄せられた。
47回生の間では、シュヴァルツ高等学校との交流戦前の異名、『善戦のトール』が復活した。しかし、意味はまったく異なる。高評価と物足りなさの混在した従来から、称賛へと様変わりをした。このどこか小馬鹿にした異名が残ったのは、皆のトールへの親しみ故であった。
この実績から、トールは1年生筆頭の座を超えて、アラド=クラーゼン学院筆頭に席を置く事になるであろう。但し、それはあくまでも暫定である。クラーゼン学院関係者であるなら、誰もがある人物の存在を思い浮かべずにはいられなかった。もしもセイ=クラーゼンが出場していたなら、結果はどうなっていたのだろう? と。
当のトール本人は、敗戦後の3日間、寮の自室で療養生活を送っている。幸い、壊れた右腕は面倒な事態には陥っていなかった。脱臼、靭帯と筋肉の断裂であれば、固定と回復薬で治癒には数日といったところだ。ただ回復中は、地獄の苦しみを味わう。高熱と耐え難い激痛が襲い、まともに口も利けなくなった。3日目の今日になって、ようやく微熱と普通の激痛程度に落ち着いてきている。
――夕刻になり、トールの部屋には客人が訪れていた。銀髪おかっぱの長身、メアリーである。フリルの多い白いシャツに、赤い短めのスカート。この乙女乙女しい出で立ちは、トールの印象にはなかった姿だ。トールが横になるベッドの下で、ガチガチに正座をしている。
意外な訪問者にトールは、果たし状でも渡されるのかと思った。二刀流のセントーサ戦の後、剣先と右拳で交わした約束を果たせなかったからだ。
「……右腕の怪我は、大丈夫なの?」
メアリーの声は、消え入りそうにか細い。うつむき加減で、表情もよく伺えなかった。
「ああ、順調だよ。もう固定具を外しても大丈夫そうだけど、念の為にまだ付けているだけで」
「そうなの? 良かった……」
ここから、十数秒の沈黙が訪れる。メアリーは何か言いたげな様子だが、躊躇っているようだった。
トールは、きっと慣れていない人と喋るのが苦手なんだろうな、と思った。自分から、話を繋げてあげよう。
「君は、とても強いね。狂戦士化も、普通の相手だったら、対応できなかったと思うよ」
「あ、はい、ありがとうございます。でも結局、負けちゃいましたし、それによく覚えてないんです」
「狂戦士化中は、記憶を失うのか……。それは勿体ないね」
トールにとって、フレイ戦の記憶は財産である。目標にすべき対象、攻略すべき対象を得たのは、とてつもなく大きい。傍から観戦したのと、自分が直に戦ったのとでは、まるで価値が違う。それを残していないメアリーが、トールからは不憫だった。
メアリーとまともに話すのは初めてだが、トールは彼女に親しみを覚えていた。一度でも剣を交えれば、目標を同じくする仲間。また共に獅子王杯に出て、同じ相手に敗北した仲である。自分に出来ることなら、何か協力してあげたいと思った。
「えっと!」
うつむき加減だったメアリーが、突然、顔を起こした。
「はい!」
驚き、思わずトールは素っ頓狂な声を上げる。メアリーの表情からは、思い切った、決死の覚悟が伝わってきた。これはいよいよ、果たし状だろうか?
「今度いつか、私と付き合ってください!」
……付き合うとは、試合か決闘であろう。この言い方だから、練習相手になって欲しいという意味も含まれるかもしれない。何れにせよ、トールに断る理由はない。
トールの表情が、臨戦態勢に入った。そのとぼけた人間性のせいで、普段のトールは間の抜けた印象が強い。しかし戦闘モードで引き締まれば、途端にカッコイイ側に入る。
「ああ、やろう!」
やろう! の意味は、メアリーには解らなかったが、とにかくOKなのは確かだった。
「はい! ありがとうございます!」
メアリーの我慢が、ここで限界を超えた。トールとデート! トールとデート! トールとデート! 完全に、パニックに陥りそうになる。
「で、では、よろしくお願いします! 私はこれで失礼します! あの、お大事になさってください!」
と、そそくさと立ち上がり、トールの部屋を後にする。
一人、残されたトールは、ポカンと「日程が、まだなんだけど……?」と考えていた。
「まあ、後で連絡を取れば良いか……」
窓の外を眺める。広がる湖の上で、綿菓子のような積雲が微かに茜色を帯びていた。今はただ、休もう。
予告: 第10話 騎士団、護衛任務への招聘
「ホラ、打ってこい!」
構えたトールに、ヘラグが手の平を上にして手招きをした。トールは、思わずケヴィン戦を思い出す。騎士という生き物は、何でこう、上から目線で挑発的なんだろう。
♪ この作品を読んで、「面白い!」、「続きが気になる!」、と感じてくださった方は、下の「☆☆☆☆☆」から、応援をお願いします。
ご感想、ブックマーク登録も、とても嬉しいです!




