第36話 - 4 終戦 ~繰り返されるだろう笑顔
「オーデュ、危ないから走らないの!」
花瓶に白いスプレーフラワーを加えながら、メアリーは語気を強めた。まだバランスも上手く取れないのに、とにかくこの息子は走り回る。何度、転んでも、何度でも立ち上がっては走る。まるで、人間には歩くという移動手段があるのを知らないかのようだ。
案の定、オーデュはつんのめって派手に転ぶ。桶の水を頭にかぶり、父親ゆずりの赤髪がずぶ濡れになった。……泣くかと思いきや、それが面白かったらしく、わざと転んでは桶を倒す遊びを始めた。助走をつけたり、跳躍してみたり、色々と工夫しているのがおかしい。
研究熱心なところも、お父さんゆずりかな? と、メアリーは目を細めた。大切な記念となる今日、一通りの飾り付けは終わった。後は、少し足りない薪を足して、料理に取り掛かれば順調のはず。
オーデュを抱き、メアリーは庭に出た。少し出てきた風で、やや肌寒い。青空を高速で流れゆく雲が、今の時代と自身の人生と重なる。
「さてと……」
片手斧を軽く振り上げると、オーデュがそれをせがんだ。何度か見ている内に、自分もやってみたくなったのだろう。
「まだ危ないからダメよ、オーデュ。……ダメだってば! ダメ! ……もう、じゃあこれなら良いよ」
その辺に転がっていた棒切れを渡してみる。オーデュは少し考え込んだ様子だったが、とりあえずは納得してくれたみたいだ。オーデュは満面の笑みで、棒切れを頭の上まで大きく振り上げた。
「どうかな~? 割れるかな~?」
え、消え……!? 生木を裂くような爆音と共に目に入ったのは、見事に真っ二つになった薪と、ついでに両断された土台の丸太だった。
「え、これって……トール・ハンマー!?」
心底、メアリーは驚いた。それと同時に、こんな規格外の凶器を持つ我が子を、どう躾けようかと頭が真っ白になる。分別が付く年頃になるまで、大事にならずにいられるだろうか??
「す、凄いね! でも、それはトール・ハンマーと言って、とても危ないからやっちゃダメだよ?」
キラキラと得意気な顔をするオーデュ。多分……というか絶対に、理解していない。
「あ、トーユ!!」
オーデュが指さした方を向くと、そこには卒業式から戻ったトールの姿があった。卒業生が着用する長い緑色のとんがり帽子が、とても滑稽だ。遠慮なく、メアリーは吹き出す。少し遅れて、シンシアも帰って来た。
「ただいま~! メアリー、オーデュ!」
父の元に、全力で駆けるオーデュ。
「おっと!」シンシアが途中で抱き上げ、頬ずりをする。「オーちゃん、ただいま! 元気にお留守番してた?」
もう、かわいくてかわいくて仕方がないというシンシアの様子に、メアリーは微笑んだ。これから何度でも、繰り返されるだろう笑顔だった。
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