第35話 - 5 戦果と代償 ~教科書通りの綺麗な型だと思った
現状で局地的には数で勝るオーシア軍であるが、交戦の場を主城に至る二本の道に限定され、その優位性を活かせない。エディンバラ軍は巨躯の重装歩兵を前線に並べ、持久戦に徹した。東の友軍が合流しさえすれば、局地的な数的不利も覆る。
「トールだ! トールが来たぞ!」
「あれを撃たせるな!」
前線に上がったトールに、エディンバラ兵が反応する。モスリナ戦で複数人の兵を瞬時にして肉塊と化し、ロメロに深手を負わせたトールの存在は、エディンバラ軍にも知れ渡っている。またトリッツ城を一撃で破壊した兵と彼とが同一人物であるのは、情報として掴んでいた。
重装歩兵の後ろから複数人の兵が飛び出し、トールに一斉に襲い掛かる。だがトールを守るオーシア兵に阻まれ、近づく事ができない。特に銀髪で長身の女兵士が各段に強く、間合いにすら入れずに斬り殺される。傷口の出火が、辺りに肉の焼けた匂いを漂わせた。
共に襲い掛かるはずだった一人のエディンバラ兵が、トールを前にして身をすくませる。モスリナの初陣で、彼はトール・ハンマーと肉塊と化した仲間たちを見た。同じ赤髪に同じ顔、同じ大鎚を手にする姿は悪夢そのものだった。
彼は恐怖に委縮する自分に、大いに絶望した。特別ではない凡庸な自分だからこそ、体力と技術を積み重ねて来た。精神力も鍛え上げて来たつもりだった。行けば間違いなく、そこに転がる死体の一人になっていただろう。だが命など、とうの昔に祖国に捧げたはずではなかったのか!?
目の前は、トールを巡っての乱戦に入った。彼は、トールが大鎚を振りかぶって跳躍するのを見た。そして自分があの肉塊になるのだと悟りながら、ほぼ無意識に槍を突き上げた。幾度も繰り返して来た無駄のない動き。その一突きは、彼の人生では最高のものだった。
――トールは大鎚を片手に、トール・ハンマーに入る機を探していた。自分に向けられる嵐のような襲撃は、仲間たちが捌いてくれている。メアリーの戦う姿の美しさは、戦闘中でありながら見惚れそうになる。
敵重装歩兵の前が空いた。トールは躊躇なく、足を踏み入れる。本調子ではない分、動きの鈍さは感じるが問題はない。後方からの殺気に反応、振り返りながら頭部を横殴りにする。メアリーが背を貫くのと、ほぼ同時だった。
その回転の勢いで跳躍し、大槌を振り上げる。トール・ハンマーに入る、ぼんやりと第三の目に意識を集中した刹那、前方から刃が迫るのを察知。トールはすぐに、それがセイ=クラーゼンによる殺気の刃であると看破した。トール・ハンマーを中断、大槌で刃を受け止める。鋭く、重い衝撃が全身に伝わる。
と、同時に腹部に鋭い異物の侵入を察知した。視界を回復させ、自分に向けて槍を突き上げるエディンバラ兵の姿を見止める。……ぼんやりとトールは、教科書通りの綺麗な型だと思った。腹部を貫かれて尚、痛みは感じなかった。「トール!」と叫ぶ、メアリーの声が聞こえた気がした。
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