第32話 - 6 大攻勢 ~瀕死には慣れている
奇岩群が粉砕されたのを受け、エディンバラ軍はトール個人の排除を最優先とした。あのような破壊力を持たれては、どのような防護も意味を成さない。一人で戦況を大きく変え得る存在は、あまりに危険だ。
エディンバラ騎兵小隊は、奇襲用の隠し通路からトールを急襲。彼らは皆、薬物によって極度の興奮状態にあった。
オーシア軍は、即座にその隠し通路に侵入を試みる。しかし砦側の出入口は、巨大で重い岩で塞がれていた。おそらく騎兵が通路内で待機している時点で、出入口は封鎖されていたのであろう。彼らは落命を前提にした、決死隊であったのだ。
エディンバラ騎兵の奇襲により、オーシア兵の損害は死者2名、重傷者6名。人数だけで勘定すれば、戦果としては割に合わない。盾兵に向かって集団で突撃する向こう見ずさが、そのままマイナスになった。
しかしトール個人の排除という目的においては、結果的に合理的であった。仮に騎兵が足を止めて歩兵とやり合っていたなら、トールには傷一つ負わせられず、時を待たずオーシアの大軍に飲み込まれていただろう。
騎馬に突き飛ばされたトールは、胸部など全身を激しく打ち意識がない。より安全な後方に運ばれ、止血など今できる限りの治療が施される。だが脈拍は弱く、死に瀕しているのは明らかだった。治癒力を高める薬剤を口から投与はしたが、このようなケースでは気休めに過ぎない。従軍医師は、まず助からないだろう事を告げた。
トールの傍らに、呆然と座り込むメアリー。トールを守ると誓いながら、あの時に離れていた自分を呪う。全ての光や音、肉体の感覚が消失した世界で、メアリーは自身にもっとも近い神、フラカミニアに祈りを捧げ続けた。
――トールの肉体は、瀕死の重傷に慣れていた。確実に死ぬはずであった事態であっても、何度も問題なく生還している。無論、これはトールのイメージが作り出した架空である。しかし肉体の精神に、イメージと現実とを区別する機能はなかった。
だからトールの肉体は、今回も当然のように生還できると考えていた。また瀕死の重傷から生還する作業は、既に熟練の極みにあった。現実にあっても、修復行程に違いはない。
静かに、トールは生還の道を上っていった。この時、フラカミニアの加護があった事を、誰も知る由はない。火の女神であるフラカミニアは、トールの体温を上げた。これによりトールの肉体は、体温を自力で上げる分のエネルギーを修復に振り分けられた。この差が、トールの生死を分けた。
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