第6話 - 1 絶対王者、フレイ無双 ~軍上層部からの悪ふざけ、ダングリオン
フレイの出場試合には、オッズが付かない。1.001と100.0みたいな数値になって、ベットする人物がいなくなるからだ。1.001では0に等しいし、100倍になるとは言っても、ほぼ100%で負けるものに大金は張らない。つまり、ビジネスにならない。仮にケヴィン戦が実現したとして、それでようやく1.07と7.5といったラインになる。
だが一回戦の相手ダングリオンに限っては、やや状況が異質であった。ダングリオンは、国軍第二歩兵隊に所属する。武器の扱いは並程度であるが、ある異能を買われて現在の地位にある。今回の獅子王杯のエントリーは、軍上層部の悪ふざけのようなものだ。
「始め!」
絶対王者フレイと、悪ふざけ出場・ダングリオンとの試合が幕を開ける。
「……? へえ、面白い異能をお持ちだね」
試合開始と同時に、ダングリオンの質感が変わった。浅黒くくすんだ肌色が、光沢を帯びる。異能、特殊鋼化である。これによりダングリオンは、鋼鉄の10倍の強度を得る。特殊鋼化は全身を覆い、弱点となる箇所もない。
だが、弊害もある。元より、このずんぐりむっくりした体形では、敏捷さは期待できない。加えて特殊鋼化中は、極端に動きが制限される。剣術大会において、如何に勝利を収めるつもりなのか?
そこが、軍上層部の悪ふざけである。勝てない代わりに負けもしない、剣士でもない人間を送り込んできた。
獅子王杯に限らず、剣術大会の全体で言えることだが、時間切れによる引き分けは想定されていない。打ってもダメージを与えられないのだとしたら、ルール上の決着は何をもって行うべきだろうか。
「さあさあ、打って来な! 表舞台のお姫様よ」
!?
明らかに嫌味や皮肉の類だとは解ったが、お姫様と言われて、フレイに悪い気はしない。
「じゃあ、試してみますかね……っと!」
とりあえずフレイは、ごく普通に打ち込んでみる。キンッ! かん高い打撃音と、人の肉とは思えない頑強な感触。何度か場所を変えて打ってみるも、結果は同じだった。……当然、ダメージを与えていそうな様子もない。挑発的なニヤケ顔が、生理的に癇に障る。
実戦であったなら、ダングリオンの異能はフレイの相手にもならない。おそらくフレイが持つ実剣であれば、一刀の元に両断できるであろう。だが試合用の木剣では、剣そのものの強度で負ける。如何にフレイが強力であっても、硬度の差を埋める術はない。
「ほらよ!」
ダングリオンの不格好な横殴りの剣が、フレイの顔面を狙った。避けるのは造作もない。
「ぐへへへ! 俺から攻撃しないとは、言ってないぜ?」
さて、どうしたものか。と、フレイは考える。とりあえず、少し強度を上げて打ち込んでみるも、予想通り結果は同じ。ミシッという音と感触、遂には木剣の方が負け、深い亀裂が入ってしまった。
フレイは手を上げ、審判を呼んだ。ただしルール上では、折れた剣の交換は認められていない。二言、三言、言葉を交わし、フレイはにっこりと笑った。……無造作に、ダングリオンに歩み寄る。
あまりに無防備に間合いに入って来られたもので、ダングリオンは攻撃の機を逸した。もっとも機に乗じても、当たりはしないが。
フレイは、腰を落とした。同時に、ゆっくりと右拳を腰に引くと、フッと一息で正拳を鳩尾にぶつける。ギャキン! 高らかに響き渡る、金属の破壊音。……ダングリオンは腹部を押さえ、ゆっくりと前に倒れ込んだ。
「うぐぐぐぐ……」
と、苦鳴が漏れる。
「私に勝ちたいなら……嫌がらせかな? もっと、ちゃんとルールを確認しなさい! 私の拳が、なんちゃら金属よりも柔らかいはずないでしょう?」
ダングリオンを見下しながら、右拳に軽くキス。これが様になるから、フレイは怖い。
「勝者、フレイ!」
勝ち名乗りを高らかに受け、フレイは観客の大歓声に手を振って応える。絶対王者の貫禄、ここに有りだった。
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