第31話 - 4 戦死 ~飢えと恐怖
ベルゼム戦死の報は、トールの心に影を落とした。人は必ず死ぬし、戦争に出ているのだから、その距離は当然にして近い。しかし良く知る人のそれは、どこか遠いものという錯覚がある。
護衛任務の馬車の中で、ジャミル=ミューゼル侯爵は「戦争を引き起こす根本原因は、飢えと恐怖である」と語った。今回の戦争では、エディンバラ公国には不安定な立ち位置での恐怖があったろうし、同時に安定性への飢えも蓄積していたのだろう。パンナロッサ王国には、富を奪われ続ける飢えがあった。ガロン帝国は、世界での相対的地位が下がるのを怖れた。
ではオーシアが、エディンバラを独立国と認めれば良いのか? パンナロッサからの賠償金を放棄すれば良いのか? ガロン帝国には、大国で在り続けるよう助勢をすれば良いのか?
トールは半ば感覚的に、それらは根本的な解決にはならないと結論づけた。利害関係がある限り、争いの火種は無くなりはしない。一国が欲を出して余計に得をしようとするだけで、あるいは一国が他国の富や権利を羨むだけで、何時でも戦争は起こり得る。
オーシア国民でありながら、トールは自国の正義を信じ切ってはいない。エディンバラにもパンナロッサにも、彼らの立場での大義はある。
しかし元より、トールはオーシアの一国民に過ぎず、国家運営を担う立場にはない。いくら考えたところで、それが世界を変えるものとはなり得ない。オーシアからすれば、エディンバラは自国領土の一部であり、今の戦争は許されざる反乱だ。パンナロッサは、悪辣な侵略国家だ。トールに用意された選択肢は、オーシアの正義しかない。
だが、ベルゼムは死んだ。幼少の頃には、父も亡くした。友人や家族の命が、オーシアの正義よりも軽いとは思えない。
オーシアが他国の立場に少しでも譲歩していたなら、今の戦争は起こらなかったかもしれない。オーシアがそうできなかったのにも、やはり飢えや恐怖があったのだろうか。
――夜は深けるも、トールは未だ眠りに入れない。
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