第29話 - 1 離島の戦力 ~ユリエル=バカラ
ユリエル=バカラ、これが現在のセイ=クラーゼンの名称である。以降、表記はユリエル=バカラの側で統一する。ガブリエラ=バカラ男爵の元に身を置いた後、ユリエルは養子となった。
エディンバラ公国にあって、ユリエルは隠す事なく才覚を見せた。国家有数の名門校に進学し、国際政治の分野で早くも頭角を示している。先日、発表した論文『形骸化した爵位と人民統治』は、学会の常識に一石を投じるものと高く評価された。
身元引受人であったガブリエラは、ユリエルの資質を高く評価。その才覚を発揮できる機会を広げるため、彼を養子に迎えたのだった。
しかし爵位の継承については、実子である次男:サマエルで確定している。いくら優秀であっても、爵位継承の順位が入れ替わる事はない。それをガブリエラに謝罪されると、ユリエルはいたく恐縮した。養子となるだけで大恩であるのに、それ以上は望まない。男爵となるサマエルを立てて、バカラ家とエディンバラ公国の為に生涯を捧げると誓った。
ユリエルと現在11歳になるサマエルとの関係も、良行であった。ユリエルはサマエルの家庭教師役を買って出、良き相談相手でもあった。
サマエルには夢があった。亡くなった兄の意志を受け継ぎ、国に立派に尽くす文官となる。エディンバラの真の独立に貢献したい。
――本日は、その家庭教師日だった。
「良いかいサマエル? エディンバラにも、オーシアとの協調を訴える者もいる。けれどもオーシア王国がオーシア王国である限り、エディンバラ公国は危険と隣り合わせにある。何故だか解るかい?」
「はい、オーシア王国から見ればエディンバラはオーシアの一部であって、独立国ではないからです」
「うん、その通りだね。仮にその時に友好関係が結べていたとしても、為政者が変われば政策も変わる。強硬派が国の中枢を担えば、そんな見せかけの友好は意味がなくなる。この危険性は、オーシア王国が続く限りなくならない」
「……兄さん」
「まだ無理に、兄さんと呼ばなくても良いよ」
「いえ、私は本心で兄と認めています。ただまだ呼び慣れていないせいか、変な感じです。でも嫌ではありません!」
「うん……、解った。やがて、自然にそう呼んでくれると嬉しいよ」
「兄さん、兄さんはオーシアの出身ですよね? オーシア王国が滅ぶのは嫌ではないのですか?」
「思い切った質問だね」
ユリエルは笑った。
「申し訳ありません! 余計な質問でした……」
「ううん、問題ないよ。笑われるかもしれないけれど、私は本気で世界平和を願っていてね。エディンバラとオーシアが一つになって火種が一つ消えるなら、オーシア王国が世界から消えても構わないと思っている」
サマエルの不安げな上目遣いに、ユリエルは察した。
「大丈夫、私はサマエルの敵にはならないよ。ずっとバカラ家とエディンバラ公国の味方だ!」
解り易く、サマエルは安堵の表情を浮かべた。この兄が、かつて本気でエディンバラの征服を考えていた事など、知る由もなかった。
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