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第27話 - 6 ヒアリ平原の戦い ~解らない時は、最悪を選ぶんだ

 オーシア軍本陣は、傾斜を上り切った先に移動された。ここからは、次の戦場になるであろうトリッツ城が視認できる。


 遠くにトリッツ城を見据え、トールはキャン中佐より作戦の説明を受けていた。


「本作戦は君に全てが掛かっていると言っても、過言ではない。トール・ハ……TH2が城壁を壊す。そこに我が軍が大挙して突撃し、敵を蹂躙じゅうりんする!」


「キャン中佐、作戦と呼ぶにはあまりに単純な気がするのですが……」


「何を言っているのだね、トール少尉! 右翼が敵の側面をつき……だとか、敗走に見せかけて潜ませた伏兵が……だとか、そんな小賢しいものが作戦の全てではないのだよ! 君は作戦を立てる時、物事をわざわざ複雑にする悪癖でもあるのではないか?」


 うっ……と、トールはたじろいだ。


「良いかね? ト……TH2は単純に強い! 単純に強いものは、単純に運用するのが最も効率的だ。トール少尉も圧倒的な格下と戦う時、工夫などしないだろう?」


 そうだ、要するに自分は、自分の力を信じ切れていないだけだ。圧倒的な力を前提として考えるなら、それ以外は必要ない。確かに検証で大きな岩を砕けはしたが、相手が城壁となれば規模が違う。そのスケールに、気後れしていた。


「はい、解りました! キャン中佐」


 トールの目から迷いが消えたのを確認して、キャンは頷く。


「……ところでトール少尉、例の件だが、気にするのではないぞ? 事故は必ず起こる。いちいち気にしていたら、兵士など務まらないからな!」


 この人にも、他人を気遣うというモードがあるんだな。と、トールは意外に感じた。しかし実際、心の落とし所が見つからない。事故だと割り切って気にしないなど、まず自分には無理。斬った記憶がなく、実感にも薄い。ただ確実に言えるのは、敵と味方とでは命の重さが違う。


「お心遣い、有難うございます。そう言われるのですが、どうにも割り切れません……」


「そうだな。私も自分で言っておいて何だが、割り切って平然としているような男なら、それはそれでドン引きしているところだ」


「キャン中佐……」


「私も数か月前に気付いたのだがね、こういう時は正解を考えるんだ。ああだこうだと考えれば考えるほど迷宮入りしていくものだが、正解はだいたい少数で、たった一つという事もある。自分が何をすべきかの正解が明らかなら、そこに到達する過程は不要だとは思わないかい?」


 トールは、ハッとした。薄くかかっていたモヤが晴れ、視野の広さが回復したのを感じた。真相がどうであろうと、自分が成すべき事は変わらない。正解はただ一つ、成すべき事を成すだけだ。本来、何も迷う要素はなかった。ただそれでも……。


 ? トールは、キャンに表情を観察されているのに気付いた。


「良いかい? 解らない時は、最悪を選ぶんだ。トール少尉は故意ではないとはいえ、何の責任も過失もない味方を、間違って殺めてしまった。これで良いんだよ」


「……何故、でしょうか?」


「不用意に近寄った方が悪い、敵と間違われても仕方のない紛らわしい動きをした、なんていう理由があったら、気が楽になるだろう?」


「はい、それは」


「しかし事実は知れない。自分に都合よく考えると、本当の自分がささやいてくるんだよ。お前は嘘つきだってね。自分を誤魔化せば誤魔化すほど、精神は弱くなる。余計な事を考えている分、死ぬ確率は高くなる。……なら覚悟を決めて、最悪を受け入れた方がよほど楽なのさ」


「中佐は、何かでそれを経験しているのですか?」


「まあ、ね。私が設計した兵器で、味方が死んでしまってね。故障があったのか、使い方を間違えたのか、壊されて検証は不可能だった。思い当たるフシもあるが、確証はない。だから私は、兵器に故障があったと決めたんだよ。……それはそれとして、自分のミスで死んだ仲間の存在を、どう受け止めるべきかは定まらない。だが、悩んではないよ。私は私の仕事をするだけだからね」


 キャンの潔さに、トールは自分を恥じた。自分は自分の心を楽にする為に、都合の良い話に誘惑されていた。卑怯者にすらなれない中途半端な人間だった。


「辛くはないのですか?」


「辛いに決まっているさ。だからこそ、もっと辛くなるのが嫌で頑張るしかないのさ!」

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