温泉
さっきまで萎れていたアイリさんのケモ耳がピンと立った。
「優ちゃん! これ、凄い」
ソレの使い方をレクチャーしてちょっと試しただけなのだ。
そしたらまるで子供のようにはしゃいでいる。まあ、アイリさんじゃなくても世の女性みんな大喜び間違いなしの逸品だから当然か。
私もこれは手放せないから、何とか頭を捻ってアイディアを出したのだ。この世界観を壊さないよう電化製品禁止という趣旨を守りつつ、実現化したのだ。
ただ、これって地球にも存在しないんじゃないだろうか。どこかのメーカーが販売したら売れるんじゃないかな。被災とかで長期間電気が止まった時には間違いなく役に立つよ。もし生きてるうちに気づていれば今頃は……おっと、特許で荒稼ぎした妄想にふけっている場合ではない。
「それじゃ宣伝しに行きましょうか……って」
「ええ、早速行きましょう」
アイリさんがキランと光ると私の手を引っ張って駆け出した。
「アイリさん、ちょと、ストップ」
合気道をやっているので多少は体力があるが、流石に疲れた。
「ああ、ゴメンなさい。つい」
つい、で一キロ以上全力疾走ってどんな体力よ。いや文明が発達していないから自然と体力がつくのかもしれない。
「はぁ……はぁ……二人とも疲れてない?」
振り返れば冬香と瞳は疲れている様子が全くない。
「はい、大丈夫です」
「ボクたちは魔力で浮いているのでへっちゃらです」
何と羨ましい。
「それじゃ、ここからは歩きましょうか」
ゆっくり歩いているので周りを見る余裕が出てきた。
いやー、たまんないわ~。
すれ違う人すれ違う人、ほとんどがケモナーなのだ。これぞ目の保養!
すれ違う人たちだけでなく、私の前を歩いているアイリさんの尻尾も十二分に目の保養だけどね。くるっと丸まった尻尾に、長くてふさふさな毛がとても魅力的だ。
よし、温泉に入ったら私が洗わせてもらおう。べ、別にモフりたいわけじゃないんだからねっ。……ゴメンなさい。冗談です。
それにしても、すれ違う人すれ違う人皆こっちを見ているような?
ぽんっ
ああ、冬香と瞳か! 二人とも可愛いから耳目を集めるよね。
納得納得。
しばらく歩き、ゲーム内で泊まったホテルやお金持ちの別荘の前を通ると、ルネッサンス形式の建物が見えてきた。
「さあ、着きましたよ」
「おぉ」
私の記憶どおり、あちこちに凝った彫刻が施せされておりとってもお洒落で、きっと本物と寸分たがわないはずだ。
本物というのはモチーフになったフリードリヒス浴場のことだ。
ヨーロッパ有数の温泉地であるドイツのバーデンバーデンを魔改造してここバーデンがデザインされた。そしてバーテンの中でそのままデザインが使われた建物の一つが、目の前にあるフリードリヒス浴場なのだ。
いつか、それこそ新婚旅行のついでにでいいから聖地巡礼したい建物の一つだったのだ。
べ、別に彼氏いない歴イコール年齢の私だけど夢くらい見てもいいじゃない。
そんな思いを馳せていたらアイリさんによって現実に引き戻された。
「こんなところで立ち止まってないで、早く早く!」
「それじゃ……ま、まさか」
「どうしたの?」
アイリさんが不機嫌そうな顔をしている。
「い、いえ。行きましょう」
「何をしているの?」
更衣室を恐る恐るのぞいてみると女性しかいなかった。
「いや、混浴だったらどうしようかと」
アイリさんはぷっと吹き出した。
「ああ、今日は男女別の日よ。外国には混浴の習慣が無い国が多いって聞いたことがあるから」
「よかったぁ」
私の心配、’混浴’は杞憂に終わった。
ゲーム内ではもちろん男女別だ。だって’ゆるふわもふもふストーリー’だから。ただ、この世界がゲームの世界と違っているのでちょっと心配ではあったのだ。
それから三時間かけてゆっくり回り、更衣室に戻ってきた。
「どうです、いいお湯でしょう」
温泉を堪能したアイリさんがほっこりとしていて、ちょっと、いやかなり色っぽい。その上出るところが出て、引っ込むところが引っ込んでいて、さらには尻尾が出ているお尻は美しくもあり、艶めかしくもある。
何がいいたいかというと、はっきりって羨ましい。
おっと見惚れている場合ではなかった。
「これならねん挫もすぐに治りそうですね」
「二人は?」
アイリさんも私に合わせて、二人と呼んでくれる。ホントに心優しい女性だ。
「ええ、とってもいいお湯でした」
「ボク、毎日来たい!」
私も同感だ。
「なら、毎日来れるようにしっかり稼ぎますか」
「それじゃ、ちょっと行ってきますね。戻ってくるまで優ちゃんはここで待ってて」
アイリさんにはアレの準備をしてもらいにいった。その間することが無いのでタオル一枚巻いて冬香と瞳がちょこまか動いているのを観察していた。
「おねえちゃん、かみきれい」
私の後ろから声がする。振り返るとちっちゃな女の子が私の黒髪ロングに手を伸ばしている。
「こらっ!」
咎めた女性は、子供と同様に緑の髪と犬っぽいケモ耳だった。
「ダメよ。勝手に触っちゃ」
私は優しく諭した。
「すみません。うちの娘が。ほら、ちゃんと謝りなさい」
「おねえちゃん、ごめんなさい」
女の子は申し訳なさそうに謝った。
「ちゃんと謝れるなんて偉い子ね」
思わず頭を撫でそうに手を伸ばすが、そんなことしたら今のやり取りが台無しなのでひっこめた。
「この子の言う通り、あなた髪がつやつやで綺麗ね」
「ありがとうございます」
日本人は謙遜するのが美徳だと思っているが、外国人にそれは通用しないらしい。
「あたしゃ、人間で黒髪なんて初めてみたわよ」
なぜか人がわらわら集まってきた。
「しかもロングなのにストレートで髪つやつやって一体どんな手入れしてるんだい」
「毎日髪を洗ってますから」
「ええ、毎日!」
辺りがどっと沸きあがる。
「そりゃ大変だね」
「いえ、別に」
いい流れが出来てきた。
「ひょっとして、どこかいいとこのお嬢様かい?」
ゲームではこんな贅沢な施設が、貴族でも平民でも普通に使える設定になっている。二次元の中世ヨーロッパっぽい世界観だと平民はみずぼらしいのが当たりまえだが、’ゆるふわもふもふストーリー’では平民でもお洒落な生活をおくれるのだ。
「いえ、ただの平民です」
地球では。そういえばこっちでは私はどんな設定になっているのだろう。
「そっか、毎日夕方になると何もしないでのんびりできる、暇を持て余した金持ちかと思ったんだけどね」
「私、そんなに暇じゃないですよ」
「じゃあ、どうやって?」
よし、このタイミングだ。
私はわざと声を潜めた。
「ここだけの話なんですが、実はすぐに髪を乾かせる道具があるんですよ」
そしてもったいぶった言い回しをした。
「そんなの聞いたことないよ」
そろそろアイリさん、戻ってきて欲しいな。
「あったら欲しいですか」
あれ、皆さんちょっとヒートアップしている?
「そりゃ欲しいに決まってるよ」
アイリさん、戻ってきて。
「ですよね~」
アイリさん。もう出てきていいんですよ。
「早くみせておくれよ」
アイリさ~ん! もう限界です!
と思ったその時だ。
「優ちゃん。用意できたわよ~」
グッドタイミング!
「それじゃアイリさん、座って」
「優ちゃん、お願いね」
私がレバーを握るとノズルの先から温かい風が、ゴウゴウと音を立てて吹き出した。
「きゃっ」
突如発生した大きな音にびっくりする人もいる。
「それ、一体なんだい」
このアイディアのキモであるドライヤーの底部を皆に見せる。
このレバーを握ると、このプロペラが回ります。すると空気が底から入って、先端から出てきます。
「「?」」
「それで、この中なんですが」
私がノズルを外す。中には鉄板が4枚入っていてその4枚には石が挟まれている。
「なんだただの石コロじゃないか」
「はい。石です。でもただの石ではありません。焼けた石です」
アイリさんがこの店の店員と顔なじみなので厨房に行って石をかまどの中に入れさせてもらったのだ。
「焼けた石じゃないといけないのかい?」
私は大きく頷いた。
「風が熱々の石で熱せられて温かくなります。これで髪がすぐに乾くのです」
すかさずアイリさんの髪にドライヤーを当てる。
これぞ合法的なモフりだ。いや~手触りがたまらないわ~。
だが、至福の時間はすぐに終わりを告げる。
「もう乾きました。良ければ皆さん触ってみます?」
アイリさんの髪に女性が群がる。
「へえ、あったかいわね。え! 嘘! もう乾いている! 信じられない!」「本当かい」「わたしにも触らせておくれよ」
気持ちは分かるがちょっとテンションが上がりすぎて怖い。だが、ここで追い打ちをかけられる。
「ねえ、アタシの髪で試したいんだけどいいかい」
これが修羅場を起こす引き金となった。
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他にもう一作書いています。
タイトルは、『神魔大戦~神と悪魔の戦いに化学で割って入る物語』
https://ncode.syosetu.com/n2539ft/
です。こちらは打って変わって生々しい描写のオンパレードです。思いっきりR15指定です。読まれる際は十分気をつけて下さい。




