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ヘアアイロン その③

「ミーナ、来たよ~」


 なるほど、異世界とはいえ、美容室とあってちゃんと洗面台も鏡台もそろっているわね。それに女性客がメインであることを意識して部屋の色どりは桜の花びらのような明るいピンクを基調としている。これが実に可愛らしい。


「師匠っ」


「「「優様、ようこそいらっしゃいました」」」


 ミーナさんの後ろには妙齢から私より年下まで幅広い年齢層の女性が10名ほどそろっている。


「約束通り、教えに来たわよ」


「お忙しい中、ありがとうございます」


「いいのいいの。今晩はパーティも無いことだし」


 いくら辺境伯夫人でも、毎晩パーティーなんてことはない。


「私も同席させてもらうね」


 だから夫人は私についてきたのだ。


「もちろんどうぞ。それと辺境伯夫人、先日はどうもありがとうございました」


 ミーナさんは深々と頭を下げた。


「いいのよ。気にしないで。でもその分お客様に喜んでもらえるように精進してね」


「はいっ。……それにしてもその髪型、素敵ですね。こう、大人の魅力が増した感じが致します」


「あら、ありがとう」


 夫人のロングヘアにはゆるふわなカールが入っている。

 昨夜私とフレデリーカさんが尋ねるなり、「新しいドライヤー出来たの!」と詰め寄り、結局ストレートに挑戦したのだ。だけどやっぱりくせっ毛が強すぎて私のようにというか日本人のようなかっちりと決まったストレートは出来なかったので38mmのコテアイロンでゆるふわカールを入れてみたのだ。フルーツバスケットの花島咲ちゃんの髪型といえば分かる人には分かるかな。今までストレートに近い髪型も不可能だったので夫人は大喜び。

 でもってその後、蚕から作った化粧水を作ってさらに大喜びとなったのだ。


「それでは皆に紹介いたします。彼女は私の弟子でミーナです」


 ミーナは私が連れてきたお客さんを見て少し驚いている。昼間ここに来るって冬香が伝えに行ったときにはそんな話してなかったからね。


「ミーナと申します。当ミーナ美容室の店長を務めております」


「ミーナ、こちらはクヴァルティーアデパート社長のカールさんと奥様のクラウディアさん。それに娘さんのエマちゃん」


「ええっ、そ、そんな偉い方が……」


 あ、ミーナの顔に縦線が入ってる。……大丈夫かな。


「ははは、そんなに畏まらないでください」


「ええ。今回はただの見物ですから」


「お姉ちゃん、こんばんわ」


 これから扱う商品を見極めようというのだから単なる見物ではないのだけどミーナに気を使ってあえてそういう言い回しをしたに違いない。


「それからこちらがローゼンベルク化粧品の社長のフレデリーカさん」


「えええっ」


「クヴァルティーアデパートさんも、ローゼンベルク化粧品さんもドライヤー作りのスポンサーなの」


 これで私が4人を連れてきた理由が分かるだろう。


「私達のシャンプーとトリートメント使ってくれてるのね。ありがとう」


「あ、いえ、こちらこそ素晴らしい商品を使わせて頂いて感謝しております」


 ああ、めっちゃ恐縮しているじゃないの……。こういうのは苦手なんだけどね。ま、仕方ないか。


「ほら、ミーナ、もう少し堂々としてなさい。私の弟子なんですから」


 あ~あ。何で私、師匠になんかなっちゃったんだろう。少し年の離れたお友達くらいで良かったのに。


「は、はい」


「それじゃ、始めようか。それで誰がモデルなの?」


「私です」


 名乗りを上げた女の子は見た目ではこの中で一番若い。多分年功序列よね。


「貴方お名前は……」


「リリーと申します、先生」


 師匠の次は先生か。


「あ……ああ、リリーね。よろしく。それで何か髪型の希望とかある?」


「き、希望だなんて滅相もありません」


 それはそれで困るよね。だってそれって何でもいいってことなんだし。


「そうねえ~。貴方なにか髪飾りとか持ってる?」


 髪飾りに合わせてみるってのも手かな。


「はい、初任給で買ったお気に入りのがあります」


「それ見せてもらえる」


「直ぐ持ってきます」


「慌てなくていいからね」


 転んで怪我でもしたら大変だから。


「あの、師匠?」


 ミーナが小声で訪ねてきた。


「何?」


「先ほどから気になっていたのですが、辺境伯夫人の肌っていつもよりいいですよね。やはり師匠が?」


 ああ~、その話は止めて欲しかった。


「あら、分かる?」


 返答したのは私でなく夫人だ。それも嬉しさを隠そうともしないで。


「はい。いつもより瑞々しいですよね」


「そうなのよ。優ちゃんがいいもの作ってくれたから」


 ここで簡単に化粧師の説明をする。


「でも、量産できない上に値段がどうしても高くつくのよ」


「庶民にも手が届くように配慮される師匠にしては珍しいですね」


 ミーナは私のこと良く解ってるわ。


「材料が繭だからね。しかも最初の1か月は大量に使うのよ」


「どのくらいですか?」


「ざっと繭600個分」


「ろ、600個⁉」


 ミーナも他の店員も目玉が飛び出るほど驚いている。


「1か月もしたら肌がタップリ水分を吸ってくれるからその後はあんまり使わないだろうけど……まあ、個人差もあるしね」


「し、師匠ならもっと安い材料で作れるのでは?」


「そのうち考える。でも、ミーナはまだ使わなくていいでしょ」


「どうでしょう。私も最近、肌がかさついてきて、そろそろ保湿クリームを使おうかと思っているところなんですよ」


「保湿クリームでどうにかなるレベルなら、化粧水はいらないんじゃないかな」


「そうですか。あと何年か経って化粧水が必要になるまでに師匠がお安いのを作ってくれることを祈ります」


「ミーナだったら数年どころか10年位は使わなくていいんじゃないかな……あ……」


 私の背後から突き刺さるような殺気を感じた。それもさっきの主は2人。


「あら、2人とも羨ましいわね」


 1人目は眉を上下にヒクヒクさせ怒りを体の内部にため込んでいる。しかもゆるふわカールの髪がまるでメデューサの蛇のようにうねうね動いているような錯覚が見える。


「優ちゃん、その安価なのを’そのうち’じゃなくて今すぐにでも考えて明日には作って欲しいんだけど。試作用に1人分でいいから」


 2人目は化粧品メーカーの社長にも関わらず、販売目的でなく自分が使うために作れと脅しに来ている。


「化粧水を作りに行きますから2人とも機嫌を直してください」


 私とミーナは平身低頭するしかなかった。


「お待たせしました」


 そこへリリーが戻って来た。


「優ちゃん、さっきの約束守ってね」


 夫人はなんとか矛を収めてくれた。


「冗談はさておき、本当に安く作れるの考えてね」


「善処します」


 フレデリーカさんも一応は収めてくれた。全く口は災いの元とはよく言ったものだ。


「それで、こちらなんですが」


 リリーが見せてくれたのはまるでサクランボのように赤くて丸い形をしたのが二つある髪飾りだ。木製で金具は彼女の髪と同じライトブラウン。これなら金具は目立たない。いや、遠くからだと同化して見えないだろう。


「これって」


 それに彼女の髪は背中まで伸びている。これならいけるかも。

 

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