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保湿クリームと化粧水

 こういうときは基本に戻るか。


 完全に行きづまった私は一から調べなおすことにした。もちろんネットで。いやあ、アリアさんがスマホを貸してくれて助かったわ~。


「まずは、オリーブオイルのクリームかな」

 今回ベースになるのはオリーブオイルの保湿クリーム。これがなんなのかネットで検索してみた。私自身は使ったことないが一体どんなものだろうか。


 オリーブオイルにはスクワレン、ポリフェノール、ビタミンAなど肌を乾燥から守る成分が豊富に含まれ、角質層にまで浸透するらしい。しかも天然のオリーブオイルに余計な添加物を加えていない方が評判がいいみたい。って、もうこのままでいいんじゃないかな。


「私ならこれで十分ですよ」


 などと夫人やフレデリーカさんには報告できないよね。そんなことしたらつるし上げられそうで怖い。


「それじゃ、次は効果かな」


 オリーブオイルだけだと肌の保湿は出来るだろうけど、ここにどんな効果が加わると喜ばれるだろうか。市販の保湿クリームを元に調べてみる。


 肌荒れ防止、美白、アンチエイジングetc……。


 今回はこの中から一つに絞ろう。でないと手が回らない。美白はそんなにこだわっていないみたいだし、肌荒れはオリーブオイルでもある程度の効果はあるらしい。とないると、アンチエイジングか。


 夫人はアラフォーだから喜ばれるだろうし、フレデリーカさんは使わないにしても商品としては魅力的だから欲しがるのは確実だし、他の参加者も……まあ、使うわよね。


 じゃあ、アンチエイジングの効果があってあっちで入手できる材料を調べるか。


 これは簡単に見つかった。シルクである。化学的な効果は証明されている。


 シルクの成分はセリシンが約30%、フィブロインが約70%、そしてフィブロインの中のごく僅かにシルクオリゴマーというペプチドが含まれている。

 セリシンには紫外線吸収、抗酸化、保湿などの効果がある。

 フィブロインには保温性、吸放湿性、細胞再生、角化健全化などの効果がある。

 そしてシルクオリゴマーは’トリプトファン’’グリシン’’プロリン’というアミノ酸を主成分としており、トリプトファンには抗酸化作用、抗炎症作用、鎮痛作用があり、グリシンとプロリンは肌のコラーゲンやエラスチンなど、タンパク質の形成に使われ、その結果、肌のハリや保湿力の改善効果に大きく影響を与える。


 そして今私が使っている下着もあっちで入手したシルクを基に冬香が仕立ててくれたものだ。


 問題はここから。どうやってシルクから成分を抽出するか。当然、機械を使うのは無し。それに機械で抽出するより、熱水抽出の方が効果がいいらしい。

 となると、熱水抽出の方法を調べなければならない。


「ああ~もう、分かんないわよ、そんなの~!」


 ついつい絶叫してしまった。深夜なのに迷惑だよねきっと。


「優様、どうしました」


 冬香が慌てて部屋に飛び込んできた。


「ああ、ゴメン驚かせちゃったかな」


「ええ、びっくりしました。それで……やっぱり化粧クリームの開発ですか?」


 冬香にこれまでの思案を説明したら、明るい表情を見せてくれた。


「それならなんとかなりますよ」


「ホント!」


 嬉しさのあまりベッドから飛び起きた。


「はい。シルクは衣服でもあり食料品でもあります。ですから私の魔法で成分ごとに分解できます」


「そうなの? すごいわ」


 それよりシルクって食べられたっけ。……ああ⁉サプリか。フィブロイン配合のサプリがあったわね。


 あとは原料か。出来れば蚕から作りたいわね。




 そして翌日の夕方。


「それで、蚕は用意したけど、これで作れるの?」


 蚕を10個ほど用意してくれた夫人は訝しんでいる。実はお昼前、カールさんとフレデリーカさんにヘアアイロンを見せた後にここへ来て夫人にお願いしたのだ。


「蚕から生糸を作っている方々の手はとても肌がすべすべで綺麗ですから十分可能です」


 こういう職業とあってかフレデリーカさんはその話を知っていた。


「まだ試作の段階です。でも期待して下さい」


 まず私は蚕を一つ手に取り石鹸で洗った。これでセリシンが洗い流され生糸が出来るのだ。

 

 そして生糸を水に漬けると冬香が魔法をかける。


「えいっ」


 これで生糸からシルクオリゴマーが抽出され水に溶けるはずだ。


 さて、どうやって確認しようかな。やっぱりアレか。


「冬香、針ってもってる」


 気が進まないがこれが一番手っ取り早い。


「優様、まさか……はあ、女性がそういう事するのはあまり感心しませんが仕方ないですね」


 何をしようとしているのか気づいた冬香は渋々裁縫用の針を出した。


「優ちゃん、貴女……」「何をする気なの!」


 フレデリーカさんが血相を変え、夫人が叱る。


「ああ、心配しないで下さい」


 私はプスッと指先を針で刺すとシルクオリゴマーが溶けたと思われる水に指を入れた。

 

「私の想像通りなら、直ぐに痛みが引きます。蚕に含まれるある成分のおかげで肌が作られるからです」


 タンパク質が作られるという説明は、こっちの世界では通用しないだろうから言い回しには気を使った。




「つ、つまり、その成分が保湿クリームに含まれれば肌の傷を回復してくれるということ」


「ええ、そうです。別の言い方ではアンチエイジングとも言います。加齢に対抗するという意味です」


「ア、アンチエイジング……」「そんなの世界中の女性の夢じゃない」


 フレデリーカさんが驚愕し、夫人がごくりと喉を鳴らす。


「おお、いい感じね」


 話している間、10分もたたないうちに痛みが引いた。これはシルクオリゴマーを抽出し溶けた証拠だ。


「上手くいったの?」「本当に大丈夫?」


「はい。成功です。そして蚕からは他の成分も得られます。この生糸の残りも、そして蚕を洗った液体にもお肌にいい成分が含まれていてこれらをフル活用すると太陽から肌を守ったり、肌のシミが消えたり、肌にハリが出たりします」


 生糸からシルクオリゴマーが抽出された残りはフィブロインだ。そして生糸を洗った液体にはセリシンが含まれている。


「ちょっといいかしら」


 覚悟を決めたフレデリーカさんは私と同様に針を使って自分の身体で確かめる


「どうですか、そろそろ痛みが引いてきたのではないですか」


「え、ええ」


 フレデリーカさんが歓喜で体を震わせている。


「最終目標はすべての成分を化粧クリームに入れることです。ですが今回の実験は、この液体’化粧水’を肌に塗って効果を実感することにします」


 セリシン、フィブロイン、シルクオリゴマーが全部化粧クリームに入っていれば効果は最高だし、塗るだけで済むから手間もかからない。

 とはいえ一度に開発出来るものでもない。徐々に改良していくしかない。


「じゃ、じゃあわたしの顔で試してみるわ」


 フレデリーカさんはシルクオリゴマーが抽出された液体を掌に漬けると頬に塗り込んだ。


「嘘、なにこれ、ええ、なになになんなのこれ」


「最初の内はどんどん肌が水分を吸い込んでいくはずです」


 見ている私にも水分を吸収していくのが分かる。フレデリーカさんは体で感じているからなおさら効果を感じているだろう。


「肌が水分を吸収して表面が乾燥したらまた’化粧水’を塗って下さい」


 フレデリーカさんは私の説明を聞き終わる前に残りの化粧水全てを塗り込む。


「これは最高よ!」


「わ、私も試したいわ。優ちゃん作ってくれる」


 夫人は期待に満ちた目で私を見つめる。


「それじゃ、ここの繭全部使わせて頂きますね」


「もちろんいいわよ」




 当然のごとく夫人の肌も’化粧水’を吸い込んでいく。


「うわぁ、すごいわ」


 辺境伯夫人という高貴な方が出してはいけないような喜びようだ。


「「もっと、もっと……あら」」


 二人とも化粧水をもっとつけようとするが、繭10個分から作れる化粧水の量など、たかが知れている。


「あら、フレデリーカさん。貴女もう十分使ったのではなくて」


 夫人の声が絶対零度のように冷たい。


「いえいえ。私の肌が足りないと叫んでいますわ。それより辺境伯夫人、貴女のご自慢の肌には必要ないのではありませんか」


 フレデリーカさんも負けてはいない。


 私の脳内では、二人の間に火花が飛びバチバチという音が聞こえる。


 怖い、怖いわっ。

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