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職人ギルドマスター

「ふわぁ~」


 ね、眠い。これならアリアさんの家に泊まっていることがバレないと自画自賛した方法を毎日実践しているのだが、これがまた眠いのなんのって。

 毎日真っ暗な中起きて、教会からクレアさんの家までこっそり移動して二度寝しているからね。


「さ、さ、優ちゃん起きた起きた。朝食だよ」


 なので、ややお寝坊さんのクレアさんが朝食を用意してから起きても仕方が無いのよ。


「ん~、いい香り」


 クレアさんは焼きたてのパンを買ってきてくれるのだ。実にありがたい。


「冷めないうちに召し上がれ」


 クレアさんの朝食はいつも、ブロートヒェン。


 ブロートヒェンとはドイツ語で小さいパンという意味で、特定のパンの種類ではない。いわば総称である。

 これらを真ん中から水平に切って、バターやマーガリンを塗り、ハムやチーズ、ジャムを塗って食べるのだ。


「あ、今日のはライ麦パンだ」


 日本のパンほど柔らかくないので何度も噛む。そして噛めば噛むほど味わい深くなる。


「やっぱりパンは焼きたてですね」


 焼きたてのパンを冬香も気に入っているようだ。冬香なら魔法で一瞬で作れるけど、朝はなるべく寝かせてあげたいからね。


「そうだね。ボクもう一つ貰いますね」


「遠慮しないでいいよ。ところで瞳はこれまでドライヤーを幾つ作ったの?」


 クレアさんとしてはドライヤーの生産が気になるようだ。


「えっと、普通のドライヤーが……こっちに来るときに持ってきたのが1個。金曜の夜に作ったのが10個。日曜の夜に作ったのが6個。ハーフブラシ付きのドライヤーが、土曜の夜に作った試作品1個と昨夜作った7個です」


 作ったのは瞳だけど。


「とすると普通のドライヤーが17個とハーフブラシ付きが8個で合計で25個か」


 クレアさんが少し困った顔をしている。


「どうかしました?」


「うん。ドライヤーをもっと生産して欲しいって要望がねぇ」


 使いたい人が山ほどいるのはこの身をもって知っている。


「そ、それは、ボクとしても善処します」


 瞳がちょっと小さくなっている。


「瞳も忙しいですから……」


 でも瞳のせいじゃないからね。


「もちろん、わかってるから。じゃあシュミット工房の生産の方はどう?」


 クレアさんは恐る恐る聞いてくる。


「今日あたり1個作れるかも知れないです。ソフィーは見どころがありますよ」


 ボクの弟子だからねと瞳が付け加える。


「じゃあ、近いうちに販売開始できる?」


 クレアさんが前のめりに身を乗り出してくる。


「それは何とも。でもソフィーだけじゃなく工房の職人、皆がレベル高いですから期待は出来ます」


 クレアさんが胸をほっと撫で下ろした。


「いやー、それはよかったわ」


「ホント良かった」


 私としても、ドライヤーが普及することによってゆるふわもふもふな世界が一歩近づくのが楽しみだ。


「そうですね。昨日も優様がドライヤーを使用していたらもの凄い反響でしたね」


「あれは別にいいんだけど、ドライヤーが絡むと殺気立つこともあるからね」


 気持ちは分からないでもないけどさ。


「そうそう。あっちこっちのお店から納品してくれだの、ウチの店に卸してくれだの申し込みが殺到しててね。でも販売の目処が立って安心したよ」


 あれ、クレアさんと齟齬があるような気がするな。


「え? ああ、そっち?」


 使う側じゃなくて売る側か。


「え?」


 クレアさんがきょとんとしている。


「そういえば、お話してなかったですね。シュミット工房で生産したドライヤーはここではアイリさんのお店に、そしてここ以外では私のパトロンの皆さんのお店に納品することになってます。それがシュミット工房がドライヤーを特許料無しで販売できる条件ですから」


「う、嘘でしょ~」


 パトロンになってくれた方々から一歩出遅れた商人だって売りたいに決まっている。でも納品つもりは無い。支えになってくれる人たちをないがしろにするつもりは無いからね。

 実は土曜の昼以降、声を掛けて来る商人たちは何人もいたが皆、パトロンがいると聞いて私への申し込みは止めた。

 でも諦めるつもりは毛頭ないようで、職人ギルドに注文が殺到していたのだ。

 只、私としてはそこまで気を回す余裕が無いのだ。


「そうですね、他のお店での販売については誰かがマネして作れるようになってもらうしかないですね」


「その商人が懇意にしている職人が技術を盗めばいいと」


「はい。粗悪品を流通させたら特許の侵害で訴えますが、瞳やソフィーに負けない品質のドライヤーを作ったら特許料なしで自由に販売することを認めます。というより競合相手が現れてより品質の高い、値段の安い商品が出回ることを望んでいます」


「要は腕が良ければいいってことよね。それなら説得できるかな。ところで優ちゃん、ドライヤーって誰に配った?」


 なぜか突然話が飛んだ。ま、いっか。


「ええとまず、フリードリッヒ温泉に普通のドライヤーを1個」


「それは私も見てたから知ってる」


 だよね。


「あとは土曜の朝。まずアイリさんのお店に1個、それからクレアさんにもプレゼントしたでしょ」


「ありがとう。毎日使ってるよ~」


 喜んでもらえるとこっちも嬉しい。


「そして出資者に普通のドライヤーを2個づつ。これから昨夜作ったハーフブラシのドライヤーを1個づつ、6店舗で計18個」


「ああ、あの時のかぁ」


「それから公衆浴場に1個、’薔薇の乙女’に普通のドライヤーを1個と、昨夜作ったハーフブラシのドライヤーを1個渡す予定。それに辺境伯夫人に渡したハーフブラシののドライヤーを1個ですね」


 夫人については昨日の朝、クレアさんに報告済みだ。


 あと見本用の、外部が外れたドライヤーをソフィーに上げたよね。


「小耳にはさんだんだけど、皆ドライヤーを貸してるんだって?」


 アイリさんはお店に置いて無料で貸しているし、辺境伯夫人はあんなに気前が良かったし、’薔薇の乙女’も冒険者仲間に貸しているらしい。


 そのあたりの話しをしたらクレアさんが少し申し訳なさそうな表情をした。


「それじゃ、一人で使ってるのって私だけなのかな」


 クレアさんはぽつりとつぶやく。


「私の国では、ドライヤーって個人で所有しているか、家族で使い回すものですよ」


「そりゃ、優ちゃんの国では普及しているからいいけど、ここじゃあね」


 まだ19個か。それも12個はバーデンの外に送るわけだし。


「……それなら今日から職人ギルドに置いておきますか」


 職人ギルドに出入りする女性って何人いるのかな? でもギルドに出入りする人の家族が借りにくればそれなりの人数になるのかな。


「……そうね。そうしよっか」


 ここまで質問される側だったので逆に尋ねてみるか。いい機会だしね。


「ところでクレアさん?」


 実は、これだけは聞いてみたかったことがあるのよ。


「何?」

 

「どうして辺境伯家のホームパーティーの参加者を調べるのにあんな回りくどい方法を教えてくれたのですか? クレアさんがフリードさんに聞けば一発じゃないですか」


 クレアさんの顔がみるみる赤くなっていく。それも焼けた鉄のように真っ赤だ。


「あ~、もう!」


 それは恥ずかしい気持ちともどかしい気持ちが相まって生まれた絶叫だった。

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