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美容師

「し、師匠ぉ~?」


 私はそんな偉いものになった覚えはない。これは幻聴よ幻聴。なんて現実逃避をしてもしょうがない。


「はい、師匠と呼ばせて下さい」


 私にすがり寄って来た女性のケモ耳は、外側は茶色く内側は白い。そして肩まで伸びた茶色い髪、そして大く丸まった茶色と白の二色の尻尾。ちょっと柴犬っぽい感じがして可愛らしい。


「いやいやいや、無理無理無理。私美容師じゃないし、そもそも髪を切ったことないし」


「髪型だけで結構ですので、是非ご教授下さい」


 ううん……、お近づきになるのはいいが、弟子を取るというのはちょっと……。しかもヘアスタイリストなんて専門外だし。


 断ろうとしたのだが、夫人が逃げ道を塞ぎにかかってきた。


「あら、弟子を取っても良いのではなくて。他にも様々な髪型が出来そうだけど」


「少しくらいなら出来ますけど」


 アニメキャラの髪型をマネしだしたのが中学2年からなので6年程の経験があるし、当時は目の前の女性と同じくらいの長さだったのでバリエーションも結構あるのだ。


「優ちゃん、アタシに似合う髪型って出来るかい?」


 ショートヘアーでちょっと体格のいいおかみさんから思いつくイメージははっきりしている。魔女の宅急便のパン屋のおソノさんだ。


「やったことないですけど多分」


 ショートボブで、耳の近くの髪をくるっと巻くなら出来るだろう。もっと難しい髪型も出来るんだし。


「ショートヘアーから超ロングヘアーまで自由自在なんてすばらしいわ。ああ、今後が楽しみね」


 夫人の大袈裟な言い回しに皆大きく頷いた。


「あの、別に、弟子を取るとは」


「あら、断るの?」


 私の言葉を夫人が遮った。理由はわかる。この場にいる私と冬香以外の全ての女性が私に期待たっぷりの熱い視線を送ってきたからだ。


「そ、そんなぁ」


 衆人環視の中で泣きつられたので、私に刺さる視線が痛い。


「と、とりあえず場所を代えましょう、そう、温泉に入りながら’二人きり’でゆっくりお話を聞かせて下さい」


 二人きりを強調すれば誰もついてこないだろう。


「はい、喜んで」


「それでは優ちゃん、また」


「優様、終わりましたら直ぐに戻りますね」


 夫人と冬香が帰ったので、これでお開きとばかりに皆も三々五々に散らばっていった。



 現実世界のフリードリヒス浴場では無言で入浴するのがマナーだけど、ゲームではそうもいかないので会話位なら出来る。そしてこの世界でも騒がなければマナー違反ではない。


「あの、もっと改まってお話したかったのですがよろしいのでしょうか?」


 こちらの女性、ミーナさんと二人でゆっくりとお湯に浸かったのだ。


「裸の付き合いという私の故郷の習慣です。それで、私に弟子入りという事ですが、私は師匠になれるのですか? ギルドとかはどうなっていますか?」


「ギルドなんてありません。ですが理美容協会があります。師匠になるには理美容協会で正式に認められる必要があります。そのあたりはギルドと一緒ですね」


「それでは私は師匠にはなれないのでは無いですか」


「ええ。公式にはなれません。ですが非公式にヘアスタイルを指導して頂けたらと思います。もちろん謝礼は致します」


 ドライヤーが売れたらお金には困らないと思う。でも。この世界の女性をもっと可愛らしく、美しくするという意味ではアリかな。


「そういう事でしたら、都合のつく日に閉店後にお伺いします」


 私の本業はヘアスタイリストでないので、それ程時間をつぎ込めないからね。


「ありがとうございます、師匠!」


 ミーナさんは勢いよく立ち上がると頭を下げた。あ、この人、仲間だ、お仲間。

 体のある部位が私と同等なのだ。


「でも師匠は止めて下さいね」


 師匠なんて呼ばれるとなんかむず痒い。


「えっと、では心苦しいですが優さんで」


 うん、それならいいわ。 


「ところで、美容師の方が今まで誰も私の所にも来ていませんし、アイリさんのお店にも職人ギルドにも来ていないようなので気になっているのですが?」


「ええ。皆さん、優さんにお目にかかりたいと思っています。なにしろドライヤーを作った方です。詳しい使い方とかお尋ねしたいでしょう。ですが優さんほどの方にお目にかかるとなると、どのお店も店長あるいは一番の腕前の美容師が出向くのが筋と考えます。そうなるとスケジュールの調整が必要になります」


 私の扱いが偉すぎるがな。


「いや、なんかもっと気楽に声を掛けてくれていいんですけど」


「いえいえ、そんな恐れ多いこと出来ません。本来なら事前に連絡を取って予定を決めてからお伺いするべきなのです。そんなのはビジネスの基本ですよ」


 まあ、日本でも会社やお店ならそうするか。


「でも、さっきミーナさんは……」


「あ、あれは、その、勢いです。あれだけ素敵な髪型を見たらつい……」


「別に気にしてませんから。それともう一つ気になることがあるんですが、ここには他にどんなギルドがあるんですか?」


「えっと、まずは冒険者ギルドですね」


「ああ、行きました。ギルドマスター、渋くてかっこよかったですね」


「分かります⁈ あの歳を重ねた格好良さがいいんですよねー」


 おお、同好の士だ。


「あとは、商業ギルドですね」


「今日、職員に会ったわ」


 印象は最悪だったね。


「ああ、悪い人たちじゃないんですよ。ただ融通が利かなすぎるだけで」


 顔に出ていたのか、ミーナんさんがフォローを入れてきた。


「それなら、我慢できないことも無いんだけどね」


「あとは魔道具ギルドですね」


 おお、初耳だ。こういう情報、欲しかったのよ。


「それってどんなところですか⁉」


 これはファンタジーぽくって面白そう。


「マジックアイテムを作る魔法使いが加入するギルドです。ああいうのは高級品ばかりですし、中には扱いが危険なものもありますから、それでギルドが設立したそうです」


 ゲームにはそんなのは無かった。と、なるとアリアさんが作った可能性が高い。あの人ならやりかねないね。


「マジックアイテムって?」


「例えばギルドにある水晶とか、あるいは魔法が込められたスクロールとかですね」


「なるほど、あの水晶なら高そうだし、攻撃魔法が込められたスクロールなんて危険だわね」


 アリアさん、色々考えているのね。やっぱり感心するわ。




 それから二人でゆったりと温泉を回ってきた。体が疲れている訳じゃないけど精神的に疲れているからスッキリしたわ。


「それじゃ、本日の指導といきますか」


 私はミーナさんを座らせると後ろに回り込む。


「ええ! 私が練習モデルですか?」


 自分が練習モデルでは練習にならないという意味で驚いているのだろう。


「私の弟子なら弟子らしい髪型をしてくれないとね」


 何の工夫も無いショートボブなんてつまらないからね。


 私が手にしたのは普通のドライヤー、そしてミーナさんが持参していたロールブラシだ。


 すると人だかりが出来た。


 私より少し遅れて温泉に入ったエマちゃんとクラウディアさんは、分かる。今温泉に来た人も分かる。

 けど、温泉を二時間以上かけて回ったのにあの時すでにお風呂上がりだった人も何人かいるぞ。この人たちは暇なのだろうか。

 それとおかみさん!私が更衣室に戻ってくるとすぐに来られるのはどうして?仕事は⁈


「あの、私も見学させてもらえないでしょうか?」


 メイドさんが少し疲れた顔でやって来た。どうやら二時間ぶっ続けで髪を結っていて今は休憩らしい。休憩を中断して見学とは熱心だね。


「ええ、もちろんいいですよ」


「ありがとうございます。きっとメイドの仕事で役に立つときが来ると思います」


「ふふふ、この髪型は私が初めて覚えた髪型なのよ~」


 周囲にどよめきが起こる。私が初めて覚えたというのだからさぞすごいものと思い込んでるのかも知れない。ただ思い出があるだけなんだけどね。それに初心者が出来たのでそれほど難しくはない。とてもお洒落ではあるけどね。

 今から6年前、2013年に放送されたアニメのヒロインの髪型だ。

 久しぶりだし、道具があっちのとは違うが出来るはずだ。あの特徴的な’ゆるふわ’な内巻きのショートボブ、そして耳下のゆる~いアンニュイパーマが。

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