表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/48

実地修練

 まずはハーフブラシで一旦夫人の髪をストレートに伸ばしてみる。


「あれ、昨日と違うのね」


 私はあれからうかつだったことに気が付いたのだ。


「ええ。昨日は’私みたいなストレートは無理です’とお伝えしましたが、私のようにかっちりと決まったストレートではなくナチュラルなストレートなら出来るかもしれません」


「ふふ、それは楽しみね」


 皆が固唾を飲んで見守る中、ブラシ付きドライヤーを使った。くせっ毛だった濡れ髪がみるみる形を整え行く様子に周囲から感嘆の声が漏れる。


「は~」「噂以上ね」「あっちのドライヤーもすごいけど、これはもっとすごいわね」


 と、概ね評判は上々だ。とはいえ、「アタシは髪が短いからあっちの方がいいね」という、ショートヘアの女性の声も聞こえた。


 私はとりあえず夫人の髪を右半分だけ梳かした。ここからは実地修練だ。


「それではやってみて下さい」


 メイドさんにドライヤーを手渡した。


「は、はい」


 皆が見ているせいか緊張しているようだ。それでも私が髪を梳かすのと同じくらい綺麗に整えられていく。


「初めてなのに上手ですね」


 やはり辺境伯家のメイドとあって基本スペックは高いようだ。


「ありがとうございます」


 プロの美容師でもなければプロ用の道具を使っている訳ではないので多少はくせっ毛が残ってはいる。これは今後の課題かな。


「夫人、鏡でご覧になりますか?」


「もちろん」


 夫人は立ち上がると鏡の前まで移動する。それを察して周囲の女性達は場所を空ける。


 ここで私は夫人の後ろに回りバックミラーをかざす。バックミラーとは車の運転席のやつではなく、美容室に置いてあるカットを確認する鏡が二枚ついている方だ。普通温泉の更衣室には置いていないが、こっちの世界には置いてある。ありがたい。実にありがたい。大事なことなので二回言いました。


「嘘っ……」


 夫人は鏡の中に映る、私のバックミラーの中を凝視している。


「奥様、いかがですか」


 驚いたまま固まった顔が徐々にゆるくなっていくと思い切りはしゃぎだした。辺境伯夫人という地位も、周囲の目も忘れて。


「このままでも十分よ。あ、それならおっきなアクセで纏めてもいいかも。でもポニーテールも捨てがたいわね。他にもやってみたい髪型は一杯あるけど、もちろん今日は優ちゃんに教えてもらった髪型よ」


 う~ん。やっぱりアラフォーでも女性は女性よね。


 早口でまくし立てる様子に周囲の女性も多少は驚いたようだが、それよりもブラシ付きドライヤーの性能に驚いたようだ。


「あれならウェーブを簡単に掛けられるよね」「さっとストレートにしてそこから三つ編みにするのもアリよね」「私もいい年だしギブソンタックに挑戦してみようかしら」「毎日30分くらい節約できるんじゃ」


 さて、ここからが今回のメインイベントだ。昨日と同様夫人の髪、耳の前1㎝を分け取り、毛先を軽く巻く。私はさっきと同じく右半分を手掛ける。


「ここで重要なのはふんわり感を出すことです」


 ヴァイオレットは一見すると感情の無い硬い人物のように見えるかもしれないが実は柔らかい人柄なのだ。そのイメージを毛先に込めて欲しいのだが、これでは誰も分からないのでふんわり感という簡単な説明にした。


 それから後ろの毛4等分して前の二つを三つ編みにする。そして残りの二つも三つ編みにする。


「このような分け方は初めて見ました」


 とはいえ三つ編み自体はこの世界にもあるので難なくこなしている。


「次に三つ編み二つを内側に向けて巻いてピンで止める」


 あとは前髪をふんわりと仕上げればこれでヴァイオレット・エヴァーガーデンの髪型になる。


「それとリボンですね」


 その名の通りヴァイオレットのリボンを付けて完成。


「ああ、やっぱりこれもいいわね。優ちゃん、ありがとね」


「優様、ご指導有難うございました」


「いえ、この位。それにしても筋がいいですね」


 私はこれを一人で出来るようになるまで何度も何度も繰り返したのだ。メイドさんは自分の髪ではないものの、それでもあの髪型を最初の一回で形にして見せた。


「ありがとうございます。ですがもう少し練習したいです。奥様には寸分の狂いもない正確な髪型を結いたいのです」


 このメイドさんの一言が修羅場を引き起こした。


「はい、私練習台になります」「私も」「是非」「貴女の髪じゃ短いでしょうが」「あの」


 名乗りを上げた人は軽く20人以上。これだけの人数を一体どうしろと。メイドさんだって他にも仕事があるだろうし。とはいえ全員の相手をしないとこの場は収まりそうにも無いし。


「夫人、どうしますか」


「奥様、いかがいたしましょうか」


 夫人はあっさりと決断した。


「いいわ。今日はここに残って練習していきなさい。人数が多いので今日髪を結えなかった人は明日屋敷に来て下さい。是非ともこの子の練習にお付き合いください」


「「「ありがとうございます」」」


 練習という体をとってはいるが、実質的にはあの髪型にしてもらえるのだ。辺境伯夫人の英断に皆が感謝する。この瞬間は辺境伯夫人の思い切りの良さに関心したのだが次の瞬間、私の評価は180度反転する。


「ただ、この子が抜けると私の仕事に差し支えるの。だから優ちゃん、代わってくれるかしら」


 おいっ! と思っても口には出せない。只無言で抗議するのが精いっぱいだ。とはいえこの空気で断るわけにはいかない。


「……はあ、分かりました。でも私まだ入浴していないのでその後でよろしいでしょうか」


 ここに来て入浴しないなんてあり得ないし、ここは入浴するコースが決まっているのでさっと入ってさっと出るのはマナー違反だ。


「……う~ん、それは……あ、そういえば冬香ちゃんにさっき会ったわ。冬香ちゃんなら申し分ないわ」


 そりゃ、冬香なら人間の比じゃないからね。でも勝手に約束するのは冬香に失礼よね。幾ら使い魔でも、自分の知らないところでそんな約束されたら嫌だろうし。


「では私が参ります」


「冬香!」「冬香ちゃん!」


 丁度いいところに冬香が来てくれた。




「それにしても優ちゃん、この髪型をどうして習得しようとしたの。美容師でもないでしょうに」


 夫人はドレスを着ながらそんな質問を投げかけてきた。


 なんでって、そりゃあアニメのキャラの髪型って好きだからよ。日本の二次元はレベルが高いけど、キャラの髪型までレベルが高いのよ。などと夫人に話せない。


「興味があっただけですよ」


「興味だけで覚えるとは好きなんだか器用なんだか」


 私は逆に薄緑のワンピースを脱ぎながら返事を返した。だがここで大事なことに気が付いた。

 美容師⁉ この世界に美容師なんて職業があるの? いや、むしろ無いとおかしいよね。でもゲームにはそんな職業無かったら気づかなかったわね。RPGに美容師なんてまず出てこないけど、あくまでここはゲームを元にした世界であってゲームそのままの世界じゃないからね。


「あの、夫人。この国にも美容師っているのですよね」


「ええ、勿論。でないと髪を切れる人がいないですし、いざというとき髪型を整えてくれる人がいないですから」


 それはそうなんだけど私が気にしているのはそういう事ではない。


「それならドライヤーを購入したい美容師がいてもよさそうな気がするのですが」


 今まで私の前に美容師が現れていないのが引っかかるのだ。美容師ならドライヤーが欲しくて欲しくてたまらないだろうから。あ、でも購入するならアイリさんのお店か。いえ、アイリさんからそんな話は聞いてないし。あと考えられるとしたらお金持ち御用達の美容師がカールさんから購入とか? いやそれならカールさんか目の前にいるクラウディアさんから情報が入るはず。


「そうね。その辺りのことは彼女に聞いてみたら」


 夫人の視線の先には女性が佇んでいた。そして私と目が合うといきなり歩み寄り跪いて「師匠、私を弟子にして下さい」とすがってきたのだ。

来週は別作品をアップします。

次回のアップは11/4を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ