別行動その③
「大人一人」
「優様、お代は結構でございます。また冬香様からもお代は頂いておりません」
フリードリヒス浴場の受け付けで入湯料を支払おうとしたら固辞された上に仰々しい対応をされたのだ。
「えっと、ドライヤーのお礼でしょうか」
「はい。おかげさまでご利用になるお客様もうなぎ登りですし、シャンプーの売り上げも伸びました。これも優様をはじめ皆様方のおかげです」
受付さんに深々と頭を下げられたけど、今更ながらドライヤー一台でこの対応はちょっと気が引ける。
「そこまでして頂かなくてもいいのに。でも、せっかくですのでご厚意は有難く受け取っておきます。おかみさんによろしくお伝えください」
温泉に入ろうとしたら、受付さんに引き留められた。
「申し訳ございませんが、おかみが参りますので少々お待ちくださいませ」
「え、ええ」
わざわざ来るってことはドライヤーで何かあったのだろうか? ちょっと心配になってきた。
「優ちゃん、いらっしゃい。冬香ちゃんなら先に来てるよ」
観光客もまだまだ利用している上に、仕事を終えた地元民も訪れる夕飯前という忙しい中、おかみさんが挨拶に来てくれたのだ。
「それで、何か用件でも?」
「いやだねえ、ちょっと顔を見たかっただけさ。ドライヤーありがとね。評判が良くて、いくらあっても足りないくらいさ。それでさ、販売はいつ頃になりそうだい」
おかみさんの期待はものすごく伝わってくる。だけどまだ見通しは立ってないよね。
「まだ未定ですね。でもこの街の全ての温泉には優先して販売しますよ」
「ウチを最優先してくれるとありがたいんだけど、それは欲張りすぎってもんだろうね。
ところで、昨日はどこに入浴したんだい? 一昨日はあの温泉だよね。孤児院の子たちと行ってドライヤーを寄付したんで噂になってるよ」
う、不味いことを尋ねられた。アリアさんちのユニットバスなんて説明できるはずもない。
「あ~、忙しくて簡単に済ませたんですよ」
「日曜なのに夜まで仕事かい?」
普通は休むよね。ましてやここはドイツがモチーフだからね。
「アイリさんの問題が片付くまでは休みだなんて言ってられないですから」
「そりゃあ、そうだよね」
「でも、もうほとんど片付きましたからゆっくりしていきますね」
「そうしておくれよ。ここにきてゆっくり楽しんでくれなかったら損だからさ」
おかみさんは元気よく胸を張った。
「それはそれとして、辺境伯夫人いらっしゃってますか」
「ああ、来てるよ。何か用かい」
「ちょっと呼ばれたんです」
これにはおかみさんも驚いた。
「いつの間に知り合ったんだい。しかもここに呼ばれるってことはやっぱりドライヤーがらみかい」
「ええ。面白いものが見られますよ」
ちょっと声を潜めて’面白いもの’を強調することにより意味深に聞こえるようにした。
「そんなこと聞いたら行かないわけにはいかないね。後のことは任せるよ」
「ええっ、そんな困りますっ」
おかみさんは受付さんに仕事を投げると私の手を引き温泉へと突き進んだのだ。ってその前に準備がいる。
「ドライヤーに使う焼けた石を下さい」
「はいっ」
「すぐに持ってくるんだよっ」
いやおかみさん。受付が無人になっちゃいますよっ。
「優ちゃ~ん」
ちょっと、辺境伯夫人、ここは公衆の面前っ。
更衣室に入ると、とてつもないお偉いさんである辺境伯夫人がものすごく砕けた言葉遣いをしたので他のお客さんが驚いている。
なにしろ人生においても商人としても経験豊富なおかみさんでさえ唖然としている有様だ。
「夫人、お待たせしました」
悪目立ちというほどではないが、変に目立ってしまい少々足取りが重い。とはいえ回れ右という訳にもいかずバスタオル一枚の辺境伯夫人の元へ歩み寄った。
「優さん、さきほどはどうも」
おや、誰かと思えばクラウディアさんだ。
「おねえちゃん、こんにちわ」
エマちゃんもいっしょだ。さっきカールさんのとこにいなかったからどうしたのかと思っていたらここに来ていたのか。そういえば金曜日もこの時間更衣室にいたよね。
「エマちゃん、こんにちわ。私これから辺境伯夫人の髪型をセットするの。見ていく?」
「ママ」
エマちゃんのクラウディアさんを見る目が訴えている。
「もちろんいいわよ。でもおとなしくしているのよ」
「うん、わかった」
それならいいか。
「優様、ご足労いただきありがとうございます」
メイドさんは直立不動で待機していた。メイド服は身に着けておらず、というよりバスタオル一枚の風呂上り姿だ。でも私には彼女が先ほど会ったメイドさんだと一目で分かった。くるっと丸まった明るい茶色の尻尾に見覚えがあったから。
「早速だけどお願いね」
夫人に屈託のない笑顔で頼まれたのだが、ちょっとこのまま作業には入れない。
「ちょっと夫人、言葉遣い」
耳元で小声でささやいた。彼女ほどの人物だから何か意図があるはず。
「これで、少しは心証がよくなるでしょ」
夫人はパチリとウィンクを決めた。とてもアラフォーとは思えないチャーミングさだ。
これで夫人の意図が読めた。三日前チンピラ二人を倒した時に、大袈裟な噂が流れていた。あれでは一般の方々の私に対する心証が悪いに決まっている。
アイリをはじめ直接私を知っている人や商店街なんかでは名誉は回復しているがここで辺境伯夫人と特別親しいことをアピールすればもっと良くなるだろうと夫人は配慮してくれたのだ。
「ありがとうございます」
夫人の気持ちに応えるためにもここは一つバッチリ決めたい。
「ドライヤーはこちらをお使いください」
メイドさんが渡してくれたのは昨日、夫人に差し上げたブラシ付きのヤツだ。これはまだ公表していないのだが、人前で使っていいのだろうか? 妬まれそうな気がするんだけれど。
「見たことないわね」「あれってブラシよね?」「ええ、今朝試させてもらいましたけれどとても使い勝手が良かったですわ」「さすがクヴァルティーアデパートさん、もうアレを使っているなんて」「それで販売はいつですか⁉」「それは優さん次第です」
皆が盛り上がっている間に従業員さんが来て焼けた石をを持ってきてくれた。
「おかみさん、優ちゃんにこれで昨日髪型を整えてもらったのですがとても斬新な髪型で私、すっかり気に入ってしまったのですわ」
「は~、道具だけじゃなくて髪型も進んでるとはねぇ」
おかみさんは感心しきりだ。
「ですが、私にはセットできないのでこうしてお呼び立てした次第です」
「それならご自宅で……ああ、そういうことですか」
これで私の株が一層上がるということよね。その辺りはおかみさんも気が付いたようだ。
「手順をご説明しながら作業致しますのでよくご覧になって下さい」
メイドさんが深々とお辞儀をする。
「はい。ご指導よろしくお願い致します」
それでは実地修練をはじめますか。
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他にもう一作書いています。
タイトルは、『神魔大戦~神と悪魔の戦いに化学で割って入る物語』
https://ncode.syosetu.com/n2539ft/
です。こちらはR15指定になります。




