完成だけど……
「ん~、食べ応えがあるわ~」
牛肉とベーコンの旨味が舌を覆うが、くどくなりすぎないようマスタードの辛みがいいアクセントになっている。玉ねぎも甘みと肉汁を吸った旨味が混ざり合い絶品だ。
「煮込むのに普通は二時間かかるんですよ。ホント冬香ちゃんの魔法は凄いですね」
ウィドちゃんは戦士だけあって大食漢だ。彼女の皿には私の倍の量が乗っかっている。ただ、食べる速さは私とそんなに変わらない。
「お褒めに預かり有難うございます」
「これならクヴァルティーアデパートから声が掛かるんじゃないですか」
ベルティーナちゃんはポテトグラタンを飲み込んでから会話に乗ってきた。
「はい、先ほど声が掛かりましたよ」
「やっぱり」
相変わらずリオマちゃんは言葉が短い。とってもゲームの主人公らしくないんだけど……いやFF8のスコールがいたか。けどスコールと違って不愛想じゃないからいいよね。
「ですが、優さんが手放すはずありませんよね」
トリシャちゃんは良く解っているね。ま、冬香みたいな女の子を手放す人なんて普通はいないわよね。
じゃあ、アリアさんは? きっと覚悟を決めて私に同行させたけど、やっぱり寂しくなってなるべくあっちで寝泊まりするよう頼んだってところよね。
皆は普通に食事を堪能しているが、唯一箸が進まない——いや箸じゃなくてフォークだけど——のがアイリさんだ。
下を俯き、フォークを握ったまま動く気配が無い。
「アイリさん」
「あ、あら、何かしら」
心ここにあらずといったところね。
「大丈夫ですか?」
「……あんまり大丈夫とは言えないわよね」
アイリさんの目が少し滲んできている。
「彼奴の態度がつらかったんですね」
こういうとき大事なのは分かってあげることだと思う。
「ここであんなに酷い人に会うことはほとんどないから」
元のゲームにはああいうキャラ、一人もいなかったからね。
「アタシも王都で生まれて冒険者目指してあちこち出掛けたけどさ、あんなに性格の悪いヤツは初めてだよ。あ~、思い出すだけで腹が立つ」
怒りに任せてウィドちゃんがシュパーゲルをフォークでぶすっと突き刺し齧り付く。
「戦いでない以上私達が動けないと分かっていて……」
ベルティーナちゃんがフォークをぐっと握りしめている。
「’薔薇の乙女’の皆、皆がいてくれるだけで私は心強いわ。もしさっき私ひとりだったらどれだけ心細かったことか……」
アイリさんが皆に笑みを見せてるけど、無理しているのが丸わかりよね。
「さーて、やることは一杯あって忙しいから、しっかり食べて体力をつけますか」
私は少し大きな声でわざとらしく振る舞い場を和ませたのだった。
「ソフィー、持ってきたわよ」
松脂はやっぱりアイリさんのお店に置いてあった。私の苦労は何だったんだろうと改めて思わなくもない。
「それではこちらで加熱してください」
ソフィーが用意してくれたるつぼに松脂の塊を投入する。それでこれを加熱するわけだけど、どうするんだろ。融点が90~100度位だからお湯をわかすようなものよね。
「三代目、ここなら今は空いてますぜ」
有名工房だけあって炉が幾つも使用されていて、数多くの職人さんが汗を流している。そんな中一人のベテランさんが声を掛けてくれた。
「ありがとう。すぐに終わらせるわ」
いいから貸してくれたのだと思うけどさ。
「場所借りていいの?」
するとソフィーは問題ありませんと頷いた。
「今フライパンを修復したので、これから試しに使うのです。試してダメならまたここでやり直します。その間に松脂なら溶けるでしょう」
「確かにそれなら気兼ねなく借りられるわね」
そんな話をしている間にも、松脂はみるみる溶けていく。
「それでは私は真空ポンプの準備をします」
「溶けたらボクが持って行くよ」
「じゃあ、お願いね」
私は私でやることがある。
「ビーカー借りていい?」
自分で言っててなんだけどよく工房にビーカーとか真空ポンプがあるわよね。
「構いませんが、どうするのですか」
「含浸にもやり方があるのよ」
全てのウィールを立てた状態である程度松脂に浸して含浸させる必要があるからね。
「優様、用意できました」
「ありがとう、ここに入れて」
「はい」
瞳がるつぼの松脂をトクトクとビーカーに流し込む。目算だけどウィールの体積に近い量が流れたところで止める。
「それじゃ、ソフィーお願いね」
「はい」
真空ポンプが起動すると、ウィールの松脂が浸っていない箇所がどんどん明るい茶から濃い茶へと変色していく。
「これが含浸ですね」
「そうよ。それにしても蓋の一部がガラスで出来ていて助かったわ。これなら中の様子が良く見えるし」
「ええ、分からないと作業が出来ないですから」
うん。当り前よね。
「それにしても真空ポンプとかビーカーとかよく置いてあるわね」
これには私も驚いたけどね。
「ここでは新商品の研究開発とか勉強とかもしているのです」
なるほど。それなら納得ね。
「ところで、どの位時間がかかりそうですか?」
「う~ん。分かんないわね」
含浸なんてやったことないし、真空ポンプの性能も分からないからね。
「ではしばらく様子を見てます」
「私も見てるわ」
「ところで優さん?」
僅かだがソフィーの話し方や表情が硬かった。
「何?」
多分何か大事なことを切り出そうとしているのだろう。
「さっき’天然’樹脂って言ってましたけど……」
「……あ」
私は額に手を当てた。わざわざ天然なんて付けちゃいけなかったのよっ。これじゃ天然の対義語である’人工’があるって言ってるようなものじゃないっ。
「そういうことなんですか」
目の奥がキラッと光ったような気がしたのは気のせいではないよね。
「ゴメン、それは言えないの」
仕方ないですよね、と小さく呟いたがそこで引き下がってはくれなかった。
「では質問を変えます。優さんは一体どこからいらっしゃったのですか。これだけの知識や技術は、この国や周辺国にあるとは思えません。となるとこの大陸のずっと端、あるいはこの大陸以外ということになります。もしかしてこの大陸からとても離れた国に、王国を遥かに凌ぐ知識や発展した技術を所有する国があるのではないでしょうか」
す、鋭い。大体合ってる。流石に私が地球から来たとか、この世界の成り立ちとかは常識の範囲外だから気づく方がおかしいけど。
「い、今は言えないわ。只、職人ギルドに行けば話せない理由は説明できるけど」
ソフィーを騙すのは気が引けるし、信用できるからアレを見せるしかないわね。
するとソフィーが彼女らしからぬ大きなため息をついた。
「はぁーっ、そうですよね。何か事情があるのですよね。それなら仕方ありません。それより、もうそろそろいいのではないでしょうか」
彼女の視線の先を見るとウィールが余すところなく濃い茶色に染まっている。
「そうね。もういいかしら」
あとは余分な松脂を落として完成ね。特に車軸を通す部分に松脂が残っていると組み立てられないから気をつけないといけないけど。
「では、優さん。試してください」
ソフィーが工具を使ってあっという間に組み立ててくれた。とはいえここで本気で滑るのは無理がある。
いい、これ、いいわ~。
歩くのと大差ないくらいの速度で試してみるが、足の裏にかかる感触が全く違う。これまでは木の柔らかさが感じられるのに、これはあまり感じられない。木のしなやかさが大きく失われた反面、硬さが大幅に上昇していることに気付かされる。
私は今度こそ完成したことを確信した。
「うん。これなら問題なさそうね。どこか人目に着かない場所で全力で走ってみる必要はあるけど」
とはいえ、確認を怠るようなマネはしないけどね。
次回のアップは再来週になります。
来週は別作品を執筆します。
タイトルは、『神魔大戦~神と悪魔の戦いに化学で割って入る物語』
https://ncode.syosetu.com/n2539ft/
です。こちらはR15指定です。性的描写や戦闘シーンがありますのでお気をつけて下さい。




