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辺境伯夫人

「ん~、美味しかった~。辺境伯様、辺境伯夫人、フリードさん、どうもご馳走様でした」


 辺境伯が用意したケーキとソフィーの手土産のケーキと二個頂いたところで食事は終了。


「堪能して頂いて何よりです。それにあの’ソース焼きそば’とても美味しかったです」


「ええ、なにかこちらがご馳走になった気分ですわ」


「明日、是非ご教授下さい」


「はい。任せて下さい。それでは辺境伯夫人、参りましょうか」


 ここからはお仕事の時間だ。

 



 とはいえ辺境伯夫人が洗髪している間は時間があるのでソフィーに新作を見せることにした。


「優さん、これは……」


 ソフィーも気になるようだ。


「見ての通りブラシを付けて、プロペラの位置を変えただけよ。シュミット工房で量産してもらうからあとで実物を渡すね」


 辺境伯夫人に献上した品を一旦、ソフィーに渡す。すでに焼けた石をセットしてある。


 するとソフィーはあちこち見渡したり、試運転してみた。「これなら」とか「少し重たい」とか独り言が聞こえる。


「どう、ボクの新作は?」


 するとソフィーは瞳を手で包む。


「一晩で作るとは、流石師匠です」


 瞳がついに師匠とあがめられたか。


 けど褒められた瞳は全然ドヤ顔をしていない。


「ボクに掛かれば一晩あれば余裕、っていいたいけど、作業期間については真っ当じゃないんだよね」


 冬香みたいに魔法であっという間とは言わないまでも短時間で作れるとか? あるいは未来予知が出来てあらかじめほとんど作っていたとか?


 なにかあるみたいだけど、そのあたりは置いておこう。




「お待たせしたわね」


 しばらくして、辺境伯夫人が濡れ髪で戻ってきた。


 長っ!


 胸元まであった金髪縦ロールが、腰より下まで伸びている。しかもしっとりと濡れているのだから色っぽい。それも大人の女性の上品な色気だ。


「あの~、髪型は普通のロングの方が似合っているような気が……」


 下手にいじらない方がいいって絶対!


「そうもいかないのよ。この髪、くせっ気が強くてまとまりが悪くて」


 とはいえ辺境伯夫人の縦ロールは、二次元でしか見たことないドリルだからね~。アラフォーでちょっとアレはキツイかな。……あれ、ひょっとして。


「毎日あの髪型ですか?」


「ええ、そうですけど」


「ちょっと失礼しますね」


 思い当たる節があるので、髪を触ってみた。


 うわ、すごいごわごわ。


「どうしました?」


「髪が大分痛んでますね」


 あの髪型じゃ、そうなるわよね。


「やっぱり」


 辺境伯夫人は大きくため息をついた。


「髪型をセットするときは今までどうしてました」


「コテを火で温めて……」


 直接当てたらキューティクルが剥がれるわよね。


「お手入れなどは」


「オリーブオイルを塗ってるのだけれど」


 返事に力がない。


「それじゃ、お手入れから任せてもらえますか」


「何かいい方法があるの?」


「効果が出るのに時間がかかりますがよろしいですか」


「ええ、ドライヤーを作った優さんですもの。髪の手入れにはお詳しいと信じてますわ」


 両手を組んで今にも泣きだしそうな程喜んでいる。


「オリーブオイルは悪くありませんが、そこに蜂蜜と卵黄を足すともっと効果的です」


 これならこの世界には全てある。上手くいけばここの台所にそろっているかも。


「じゃあ、僕が取ってきます」


 フリードさんが取りに行っている間にも、やることはある。


「瞳、お湯を用意してくれる」


「はい」


「冬香はタオルでしっかり拭いてあげて」


「はい」


「優さん?髪なら拭きましたけど」

 

「まだ少し甘いですね。髪に水分が残っているとヘアパック剤がしみ込みにくいんですよ」


 大急ぎでフリードさんが戻ってきた。辺境伯夫人の様子を見てたらのんびりしてられないわよね。


「冬香、これペースト状にしてくれる」


 原料は全て食材。なら食べ物の魔法がつかえるはず。


「はい。……出来ました」


 それじゃあ、と塗ろうとして、ふと気が付いた。


「少し汚れますので場所を代えましょうか?」


「それなら私の部屋の洗面台がいいです」




 といことで辺境伯夫人の部屋に移動した。男性二人には悪いけどここからは男子禁制にしてもらった。


「これを髪の毛に塗ります」


 そして、洗面台に対し後ろ向きに座っている辺境伯夫人の髪にもみもみとよく揉みこむ。髪の毛は先端ほどコーティングが薄いので、先端ほど丁寧に揉みこむ。


「オリーブオイルだけだとダメなの」


「卵黄とオリーブオイルを混ぜると、髪の痛みを修復し、栄養分が髪にしみ込むのです。そして、蜂蜜を入れると保湿効果が長く続くのです」


 厳密には卵黄に含まれるレシチンという脂質の一種のおかげなんだけどね。


 栄養分もビタミン、リン脂質、各種アミノ酸なんだけどこの辺りの説明はこっちの世界の人には不要かな。


「優さん、理科にも詳しいのですね」


 ソフィーが感心しているけど、理科っていうか化学なんだよね。


「それで、このあと櫛で梳いて隅々まで行き渡らせたら、蒸しタオルでくるんで30分待ちます」


 なので瞳にお湯を用意してもらったのだ。




「動きにくいわね……」


 あの長い髪全部に何枚もの蒸しタオルを巻いてあるからね。


「そうですね」


 女の美とは簡単には作れないけど、その辺りの苦労を男は分かっていないからね。


「それまで部屋でおとなしくしてましょう。優さんとお話ししたいことが色々ありますし」


「それじゃあ、何かお飲み物用意致しますか?」


 冬香はいつも気が利くよね。


「冬香ちゃんはお客さんですから、そんなことさせられません。フリードに紅茶でも持ってこさせます」




「それで、何をお話しましょうか?」


「今日、ここに来る経緯ですね」


「経緯ですか?」


 少し迷ったが、ドライヤーを辺境伯家に献上しておくという話をほぼそのまま伝えることにした。


「あら、クレアちゃんに気を使わせたかしら」


 辺境伯夫人がふふと笑っている。


「お知り合いなんですか?」


「ええ。ウチの娘が幼なじみなんです」


 あれ? 何かが引っかかる。


 ここで記憶をよーく思い返してみる。


 確かドライヤーを献上する話をしていた時、娘さんの話が出ていたような気がする。




「あるいは、領主の娘さんが」


 10代前半の私より少し小さい娘が甘えるようにおねだりしている姿を想像してしまった。


「あの娘はそんなことしないって」




 ああ。あの娘はそんなことしない。つまり娘がいるっていうのは認めてるってことよね。それに娘さんが10代前半って完全に私の思い込みじゃない。ノリと勢いで会話するって怖いわ~。


「ああ、なるほど」


「小さいころからよく遊びに来てたんですよ。なのでバーデン家とも親しくなって、娘が嫁いでからも度々顔を見せてくれるのですよ」


 でも、ねえ。


「でもこういっては何ですが真っ先にドライヤーを献上しないといけないということではないですよね」


 そんなに了見が狭いとは思えないからね。


「ええ、バーデン家はそんな横暴ではありませんし、それで面子が潰れるなんてことは無いです。もちろん、頂けるなら早いに越したことは無いですけど」


 ふ~む。


「でもクレアさんにちょっと急かされたような気がしないこともないような……」


「クレアちゃんには下心があるのよ」


 そしてニヤニヤと笑い出した。あ、これ分かる。恋バナだ。女子が恋バナしている時特有の笑い方だ。


「それってひょっとして……」


「なるほど」


「ああ」


「ボクでも分かるよ」


 全員が同じ人物を頭に浮かべた丁度その時、見計らったかのように扉がノックされた。


「お母様、紅茶もってきたよ」


「「「「……」」」」


 だ、ダメよ笑ったら。辺境伯夫人に失礼だから。だから私は体をぷるぷる震わせながらも必死にこらえた。だがこらえることなんてなかったのだ。なぜなら辺境伯夫人が扉を指さして笑いだしだから。


「あ、あの子なんでこのタイミングで来るのよ」


 それにつられて全員が爆笑した。


「タ、タイミングがすごすぎる。って夫人、貴方が紅茶持って来させたんじゃないですか」


 私はテーブルをドンドンと叩いてしまった。


「そ、そうなんだけどさ」


「ふ、夫人。その扱いはあんまりです」


 あのソフィーがおかしさのあまり目に涙を浮かべている。


「わ、私もこの間の悪さには我慢できません」


「ボ、ボクも」


 使い魔の二人がここまで砕けた態度取るのは初めて見たわ。


「あ、ゴメンなさい、うちの子、超がつくほどの朴念仁だから内緒にしてね」


「な、何年気づいていなんですか」


「多分10年以上」


「「「「あはははは」」」」


 し、死ぬ。笑い死ぬわ。


「……あの、入ってもいいかな」


 そんなの決まっている。


「「「「まだダメ!」」」」

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