領主
「是非ともお会いしたいと思っていたところです。おかげで手間が省けました」
領主様の第一声がこれである。ゲーム同様腰が低いので私としても話しやすくて助かるけど。
「そうなのですか?」
「辺境伯なんかやっているとなかなか自由な時間がとれないんですよ。こちらから出向こうとしたらスケジュールを調整する必要がありますし、急にお呼び立てするのは失礼ですし、じゃあスケジュールが空いている数か月後まで待てるかといえば待てませんよ」
想像以上に気配りのできる人だね。ゲームではこっちが勇者だからそれなりに気を使ってくれたのかと思ったら、平民相手でもちゃんと対応してくれるじゃないの。
「ええ、優さんの噂は私たちの耳にも届いていますわ」
バーデン辺境伯夫人はケモ耳をぴくぴくと動かした。金髪縦ロールという上流貴族っぽい髪型に白いドレスが良く似合う。
「早速ですが、こちらをお納めください」
さっきまで仮眠をとっていた瞳だが、今はシャキッとして鞄からブラシ付きドライヤーを取り出し、献上した。
「あら、これはブラシがついているのね。乾かすのと同時に髪型を整えられるなんて便利ね」
今回のはブラシがついているのに加え、形状を日本と同じように一直線にしてある。一番底の部分に大きいプロペラがついているのは一緒だが、前回のは途中で風の流れが90度曲がるのに対し、今回のは風の流れが一直線とロスが少ないという別のメリットもある。但し、前回のより少し重たいという欠点もあるので両方販売するつもりだ。
「確か、加熱した石を使うんだったよな。バーベキューが終わったら使わせてもらおうか」
使うのは辺境伯様ではなく夫人の方よね。
それにしてもバーベキューか。
ホームパーティーって聞いて立食形式を想像した。でも昨日ソフィーから瞳を経由してバーベキューって聞いて少し驚いた。でも同時に助かったとも思っている。
手土産をどうしようか考えた時に思った。手に入る食材で日本の料理を出せないかと。それもバーベキューのメニューを。醤油、出汁、鰹節などが無いこの状況で。
そうなるとアレしか思い浮かばなかった。
「優様、アレ、本当にお出しするのですか」
冬香がちょっとしり込みしている。
「大丈夫よ。子供たちもグランマもマムも薔薇の乙女の皆も喜んでいたじゃない」
「ボクは好きだけどね」
「おや、料理をお持ちになっていたのですか」
「ええ。こちらにはない料理ですのでお口に合うかどうか」
「それは楽しみね。優さんは遠い異国から来られたけれど、そちらの話しは最重要機密だとか。これは優さんの母国について知ることが出来るいい機会ね」
夫人は理解が早くて助かるわ。
「味が濃いので最後にお出しします」
「なら少しお腹を開けておかないとな」
辺境伯は50歳前後で体型ががっちりしているがメタボとは程遠い。体を鍛えている上に食事にも気を使っているのだろう。そもそのあのゲームに太ったキャラなんていなかったけど。
「父さん、持ってきたよ」
そんなことを考えていると母親譲りの金髪に端正な顔立ちの青年が食材を手にやって来た。
「おお、ご苦労だったな。紹介するよ。長男のフリードです」
「初めまして」
「え、お子様がいらっしゃったのですか?」
あれ、子供なんてゲームに登場しなかったよね。
「ああ、この子と、その上に長女がおりますが、もうすでに嫁いでますよ」
考えられるとすれば、たまたまバーデンにいなかったか、勇者パーティーと公務で会うのに息子を同席させなかったか、あるいは……。
「どうかしましたか?」
「いいえ」
とりあえずアイリさんに聞いてみるしかないわね。
パリッという心地よい音があちこちで響く。
粗挽きのソーセージであるグローベ・ブラートヴルストに噛り付くと香ばしくてとってもジューシー。
プハーッ
こっちで飲む初めてのビール!
スッキリして、グローベ・ブラートヴルストとの相性が良くてうんまいっ!
でも飲みすぎないように気をつけないと。
「気に入ってもらえて良かったです。王国でもこの辺りはラガーが主流なんですよ」
「私のところもラガーですね。食事をしながらビールを飲むのが一般的なんですよ」
「あら、エールも悪くないわよ」
それじゃ、飲み比べないと。地球では一回しか飲み会に参加しないで殺されちゃったし。
「これも焼けましたのでどうぞ」
フリードさんがマリネした豚肉や野菜をドントン持ってきてくれる。
どれもこれも美味しいが、ビールはとにかく我慢、我慢。
ここは辺境伯様主催のパーティー、酔っぱらう訳にはいかなからね。
どうして大人たちってお酒を我慢できないんだろう。そう思っていた時期が私にもありました。
「おや、グラスが空だね」
辺境伯様がビールを勧めてくれる。
ごくりっ。
「では一杯だけ」
断ったら悪いからね。
「あらあら、私ったら気が付かなくてごめんなさいね」
辺境伯夫人がこれまたビールを勧めてくれる。
ごくりっ。
「じゃ、じゃあ、あと一杯だけ」
これで、これで終わりよ。
「優さん、どうぞ」
フリードさんがまたまたビールを勧めてくれる。
ごくりっ。
「あ……あと一杯、あと一杯だけ」
グラスを傾ける。
「「優様!」」
「……フリードさん、代わりにお水を下さい」
しばらくすると焼く食材もすっかりなくなったし皆、結構食事をしている。もうラストスパートに突入してもいいかな。
「それでは私たちからも一品作らせて頂きます」
冬香が魔法で一瞬で作ることも可能だけど、それじゃあつまらない。
バーベキューのグリルに鉄板を乗せ、温まったところで油を敷く。
「何を焼くのかしら」
まずは火が通りにくいキャベツの芯と玉ねぎから。次いであらかじめボイルしてきたジャガイモ。家では入れないけど、ここはモチーフがドイツだし、もやしが売ってなかったからね。それとボイルした人参とピーマン。家ではこれも入れないけど、バーベキューしててこっちの人は野菜を多めに入れた方がよさそうに見えたので急遽追加。バーベキューにするはずだったものをフリードさんから強奪。そして最後にキャベツの葉。
「炒めた野菜?」
辺境伯が首を傾げている。ふふふ、ここから状況が一変するのよ。
「ジャジャーン」
「これは……パスタに近いのかしら」
辺境伯夫人、正解。取り出したるは、麺! そう、私が作っているのは焼きそば。
「はい。小麦粉で出来てますから似たようなものです」
パスタがデュラム小麦から作られたデュラム・セモリナ粉を原料としているが、麺がパンと同じ小麦粉から作られる準薄力粉を原料としている。
麺を炒めている間に豚のこま切れを野菜と一緒に炒め、ウスターソースをかける。
ジュジュジュという音と共に香ばしい香りが当たり一体に広がっていく。
「あら~、美味しそうな香りね」
「材料も全部知ってるから忌避感もないな」
最後に炒めた麺にもウスターソースをかけ、具材とヘラを使って混ぜる。
「さあ、熱々の内にどうぞ」
青のりが無いし、紅ショウガの代わりに新生姜の酢漬けを代用しているが紛れもなく日本のソース焼きそばだ。
「では頂こうか」
辺境伯がフォークで食べているのはちょっといただけないが、こればかりは仕方ない。
「美味い。少し波打っている麺に濃厚なソースが良く絡んでいるし、麺がパスタより少し柔らかいがいい触感だ」
「これは、斬新ね。今度からバーべーキューに出しましょう」
「そうですね。優さんあとでレシピをウチの料理人に教えてあげてくれませんか?」
「ウチの工房でも食べさせてあげたいです。材料費もかからないですし」
辺境伯に続いて夫人もフリードさんも、そしてソフィーも焼きそばを美味しそうに食べたのだった。
感想をお待ちしております。




