準備
「ただいま~」
アリアさんのお家なんだけど、魔法陣があるのが私の部屋みたいなのもだからすっかり帰ってきた気がする。日本にそっくりなのも帰ってきた気がする要因だと思う。あっちにはスマホもゲームもないし。
あの後、クレアさんを訪ねアリアさんの名前を出して口裏を合わせてもらうことにし、真っ暗になったところで教会を訪れたのだ。
もちろん、誰かに見られないか気を使って瞳に空から様子を見てもらったけどね。
「ボクはとりあえず、ブラシ付きドライヤーを作ってみます」
今回はプロペラからブラシまでが一直線になるように考案して、口頭で説明してある。
「設計図がないけど、お願いね」
瞳は「ちょっと改造するだけだから設計図は不要です」と、ここに来る途中に言ってたし、材料は全ては購入済みだ。
「わたくしはどうしましょうか?」
「冬香はしばらく休んでいて」
私は冬香の頭を撫でた。このちっちゃい体で料理、裁縫と忙しかったし、私の移動についてきて一日連れまわすことになってしまった。公衆浴場では少し寝ていたし、ここは休んでもらおう。
それじゃ、私はインラインスケートの資料を集めますか。ここはネットが繋がってるし。写真を集めて瞳に渡せば作れるらしいし。
「ただいま~。戻ってきてたのね」
私が机に向かってしばらくするとアリアさんの声がした。
「お帰りなさい」
言いたいことが山ほどあるからちょっと、と顔を図面から話したところで気が付いた。
えっ、もう11時過ぎ。
こんな時間まで働いていたの。アリアさん、ホント忙しいのね。そりゃ、女神だから私には分からないような仕事が色々あるんだろうけどね。
「優ちゃん、やっぱ刺身と日本酒の組み合わせは最高よね」
部屋を出て迎えると、ぷ~んとキツイお酒の匂いがした。顔もずいぶんと赤ら顔だ。
飲んでたんかい! 感心してたのにっ。
「あー、酔い覚ましに何か飲みますか」
足取りも声もしっかりしているので酔っぱらってはいないみたいね。
「コーヒーがいいな。トアルコトラジャ、まだ残ってるでしょ」
冬香を起こすのは忍びない。仕方ない、私が淹れてあげますか。おやっ。
「ああ、お土産」
「アリアさん、それ……」
自慢気なアリアさんの右手には某有名デパートの紙袋。友禅織の柄をモチーフにしたロゴってあそこかっ!
「友達の女神と女子会してたのよ。銀ブラして、料亭で食事して、お店出たら友達の一人がデパ地下寄るっていって」
よし、早速中身を拝見っ。
「おお~~」
そのデパートでも人気を誇る、フルールを使ったケーキの名店の、あまおうのタルトじゃないの。
……言いたいことが山ほどあったけど、今日のところは許してあげようかしら。
「んまいっ」
あまおうがあまく、瑞々しく、しかも練乳との相性は抜群。だから思わず声が出る。こんな美味しいものを二人だけで食べる訳がない。私は冬香を起こしたし、瞳も工房から戻ってきた。それにしてもアリアさんはどうやって瞳と連絡を取ったのだろう。電波が届かないらしいのに。
「でしょ、でしょ~」
アリアさんがドヤ顔をしているが、当然よね。
「やっぱりケーキは日本製だよね」
瞳、ケーキって元々外国のお菓子なんだけど……。まあ、日本人が本気を出せば海外には負けないよね。
「ここまで甘くておいしいイチゴは日本にしかないですよ」
たしかに冬香のいう通りよね。
「日本人は食べ物にはとことん拘りますからねー。ところで、そっちの様子は?」
タルトをサクッとフォークで切りながら、アリアさんが報告を求めてきた。
なので一通りの報告はした。……ライラに負けたこと以外は。
「という訳で、ローラースケートをあっちで使いたいんですけどいいですか?」
アリアさんがダメと言ったら駄目だからね。返事を待っている間私たち三人はフォークを止め、アリアさんをじっと見つめている。
「……」
「……」
そんなアリアさんが発した言葉は……。
「はにゃ~ん」
私は机に頭をぶつけた。ちょっと緊張した空気だったのにっ。
「’はにゃ~ん’じゃなくてっ」
ん、あってるのかな?
「女の子がインラインスケートで街中を滑ると、ああいう感じになるからいいんじゃない」
ああいう感じが某さくらを示しているのは間違いない。
さくらちゃんみたいに元気で可愛い女の子がインラインスケートを楽しんでくれるならいいのよ。
「でも、ローラースケート(クワッドスケート)を履いたウェイトレスがホットパンツでお腹出して、胸の谷間を強調して接客するお店が出来たら私イヤですよ」
この世界にあんな色気のどぎついお店はあっちゃいけないよね。
「あの世界には男性向けのお店ってないから、大丈夫でしょ」
「じゃあ、決まりね」
すると瞳がブラシ付きドライヤーを取り出した。
「それじゃあ、ボクから。ジャーン」
試しに動かしてみたけど、うん、問題ないわね。
「瞳、よくできたね」
「ふっふっふっ。この位は朝飯前です。次はローラースケートですね。ちゃんとプロテクターも用意します」
材木と鉄と綿、布はさっき買ってきたし。
とはいえ、プラケットは本来アルミ合金なのにあっちにそんなものはないから鋼で代用だし、ホイールもゴムじゃなくて木製だし。現代科学が無いと話にならない。
それでも18世紀にはローラースケートが作られていたから当時だって似たようなものだろう。
せめてベークライトが作れればねぇ。
ベークライトは最初の合成樹脂で、石炭を燃やした時に出る蒸気を冷却して取り出したフェノールとホルマリンから作れるのだが、ホルマリンを私が作るのは無理がある。メタノールの蒸気と酸素を白金とか銅とかを通してくるられるのだが、爆発する恐れがあるのでメタノールの量を調整しなければならないのだ。そんな設備を私が用意出来る訳が無い。仮に設備を作れたとしても、アリアさんが止めるだろう。そんな設備作ったら、世界観が損なわれるからね。
「これ、印刷しておいたけど」
ネットで集めた資料は全てプリントアウトしてある。
「ちょっと工房に行ってきます。明日の朝にはできますから」
徹夜か。あまり関心はしないけど、明日一日はアイリさんに練習してもらうから仕方ないかな。
「無理しないでね」
「はーい」
それにしても瞳は元気だね~。
私も負けてられないね。寝る前に今後のことを考えておかないと。
それから、冬香に明日のドレスを仕立ててもらった。ピンクを基調としたフリルは割と少な目だ。本当は年相応の大人びたドレス、例えばワインレッドに背中がばっさり開いたのとか憧れるけど、どうせ私には似合わないし。
「冬香、ありがとう」
「どういたしまして、ふぁ~」
もう限界よね。無理させちゃったかな。
「私のベッド使って」
「あ、はい。ではおやすみなさい」
「おやすみっ」「おやすみ」
冬香に毛布をそっと掛けてあげる。本当にこの子は可愛くてけなげだよね~。
「ねえ優、明日も泊まりに来てくれるかな」
アリアさんもこの子たちと離れるのが寂しいのだろう。
「うん。その方が助かるわ。何しろhomelessでpennilessだから」
ついでにtitlessだけどね……orz。
来週は別作品を執筆する予定です。次回更新は8/9辺りになると思います。




