言いたいことが山ほどできる
いつもよりちょっと短いです
「ふ~、極楽極楽」
やっぱり温泉はいいわ~。この肌に残る感触からして源泉はフリードリヒス浴場と同じなんだろう。
「ホントにいい気持ちですね」
冬香は目を瞑ってプカプカと浮いている。朝方からドタバタ続きで疲れたのだろう。
「教会についてから働きっぱなしだったね。今は一休みしてなよ」
「そうさせて頂きます」
冬香はうとうとしながら浴槽を漂っている。器用だな。
「瞳はどう?」
「気持ちいいけど、ボクとしてはもうちょっと……」
うん。言いたいことは分かる。
ここの浴槽は28度と36度の二種類しかないのだ。フリードリヒス浴場も浴槽の種類は豊富だが最高温度は同じ36度とかなり温いのだ。これでは日本人には物足りない。やはり体の芯までポカポカになってこそ入浴だと思う。
「優さん、真っ先にこっちに入るんですか」
私たちから遅れて入ってきたのはライラ、最年長の子。尻尾もケモミミもない、ここでは少数派である完全な人間型。物静かで私に話しかけてきたのはこれが始めてだ。休んでいる冬香に気を利かせたのだろう。
「あっちは私たちには温すぎるのよ」
28度の浴槽では、他の子どもたちが無邪気にはしゃいで、シスター二人が注意している。
「優さんの国ではもっと熱いのですか?」
「普段は41度かな。半身浴に漬かるときでも40度」
「半身浴ですか?」
ライラは小首をかしげている。こっちの世界では聴いたことない習慣だろう
「ああ、お家の浴槽に鳩尾までお湯を張ってのんびり過ごすの。それでも20分くらいだけどね」
「20分でのんびりですか、随分短いんですね。優さんの国と王国の違い、異文化ということでしょうか」
ライラからは子供にしては思慮深い印象を受けるし、一定水準の教育を受けていることも感じられる。
「そうね。今日みたいに男女別なのも貴方たちからすれば異文化だし」
この温泉、ありがたいことに今日は混浴ではなかった。おかげで気兼ねなく満喫できた。
なんでもバーデン中の全ての温泉が混浴にならないように、皆で相談して決めているそうだ。でないと私のように混世の文化が無い国から来た外国人は困ってしまう。
「わたしは生まれた時からそういうものだという習慣で生きてきたから、気にしないです」
考え方が中世ヨーロッパの子供とは思えないほどしっかりしている。
「それにしてもどこで学んだの?」
習ったではなくあえて学んだと尋ねた。
「もちろん学校です。それにここは外国の方がよくいらっしゃいますから文化の違いについて考えさせられる機会が多いです」
学校か。ついこの間まで大学に通っていた身からすると、やはりそれなりに未練がある。通いたくて大学に通っていたし、勉強したいことは一杯あったし、でも戻ることは出来ないし。
「そっか、学校か……」
気分を変えるために浴槽の水を掬い顔をバシャバシャと洗う。
「あの、優さん?」
「ああ、ゴメン。ところで何年生?」
このゲームには学校は無かった。ということは誰かが作ったのだろう。不自然にならないように聞き出してみる。
「わたしは小学6年生です」
おや、現実世界のドイツでは小学校は4年生までだったはず。その後は中学校なのだが、大学を目指すか、専門職を目指すか、職人を目指すかで中学を選ぶはず。もしくは日本で言う小中高一貫教育の学校か。
「6年生かぁ。私が6年生だったのはもう7~8年も前よ。あの頃は中学校の受験が忙しくてあんまり遊べなかったな。でも、おかげで中高一貫の私立に入れてね」
「すっごいお金持ちなんですね。わたしは私立には入れませんけど、中学、高校、出来れば大学まで行きたいです」
誰が日本あるいはアメリカと同じ学校教育にしたのだろうか。一番可能性が高いのは日本の影響受けまくりのあの女神なんだろうけど。
「授業料は、国公立なら無料よね」
「もちろんです」
「奨学金とかはあるの?」
「はい。生活費は王国から出ます。そうすれば教会にかかる負担も減らすことが出来ます」
「じゃあ、あとは勉強するだけね」
「はい。これも女神アリア様の思し召しです」
「アリア様のご神託の逸話だよね」
すかさず瞳が割って入ってきた。おかげで私がキョトンとしているのをライラに気づかれずに済んだ。
「はい。あの話には心打たれるものがあります」
あの女神は一体何をしたのだろう。ご神託ということは大方、王様かアリアさんの信者の偉い人に学校を建てろとか告げたんだろうか。これは後で本人に聞いてみるしかないわね。多分中二病黒歴史並みに恥ずかしがるだろうし。
それから3人で雑談をしていると子供たちが次々にやってきた。
「冬香~、寝てないで遊ぼ」
「瞳も、瞳も」
あの二人は引っ張りだこだ。可愛いから当然だよね。
さて、どうしようかな。ライラは子供たちに混じっていないようだし、丁度いいか。
「ねえライラ。ちょっと先にあがらない。面白いものがあるのよ」
「入浴料代わりに渡したものですか。すごく気になっていたのですよ」
ライラの目からは知的好奇心を感じる。やっぱり勉強って暗記より、こういう姿勢が大事よね。
そんなことを考えていたら、ライラがゆっくりと浴槽から上がった。
「……」
「優さん、どうしました」
「ううん。何でもない」
只、この世界の不条理を思い知っただけ。ううん。本当は薄々気づいていたの。現実から目を背けただけ。
それとこの世に神も仏もいないことを改めて実感しただけ。いや、アリアさんがいたか。今度問い詰めてやりたいとことろだが、あの人に私の気持ちは分からないだろう。
何で小学6年生のライラがBでハタチの私はAなのよぉ……orz。
え、何がって……そ、そうよ血液型! 血液型よ。きっとそうよ。
もう一本作品を執筆しています。
タイトルは、『神魔大戦~神と悪魔の戦いに化学で割って入る物語』
https://ncode.syosetu.com/n2539ft/
です。R15指定でよく許してくれたなと思う作品です。