優
基本的にはタイトル通り、ゆるく、ふわっと、もふもふな作品です。
「キタキター」
レアモンスターであるケルベロスの登場に、ついコントローラーを握る手に力が入る。
ギリシャ神話では頭が三つあったり、地獄の番犬の二つ名があったりして見た目も中身も怖いのだが、どっちかといえばゴールデンレトリバーに近い。その愛くるしさについつい頬がゆるんでしまう。
「ぐふふ」
ほろ酔い気分なせいかちょっと怪しい声が出てしまう。
「さあて」
コマンドに表示された選択肢から私は迷わず’モフる’を選ぶ。
’たたかう’でも’じゅもん’でもない、’モフる’だ。RPGなのにそんなコマンドがあるのはこのゲームだけだ。
「いい子ですね~」
コマンドが消え、全身ふわふわなケルベロスがアップで映し出される。するとゲーム内の私の手が、頭を、あごの下をモフる。
この’ゆるふわもふもふストーリー’は一応はRPGなんだけど、タイトル通りの世界観で殺伐とした雰囲気が微塵もなく、10代女子を中心に根強い人気を誇っている。
えっ、私‼ ふっふっふ。何を隠そう私も昨日まで10代だったのだよ。今日からはハタチ。大人の仲間入り。友達と大学の先生が私の誕生会を開いてくれたけどお酒も飲めたし。
お酒の味? そうね、ビールは苦くてちょっと苦手かな。でも白ワインはフルーティな感じがして良かった。もっとも、お酒より酔い覚ましのコーヒーの方が美味しんだけど。
コーヒーを一口啜り、またコントローラーを握る。
「さあ、今度はここよ」
ケルベロスのお腹をモフっていると少し眠くなってきた。
「あれ……」
初めて飲むお酒のせいかもしれない。せっかくいいとこなのに。
ダメだ。もう……
ZZZ
ZZZ
ZZZ
……はっ。
いけない。寝落ちしてしまった。さて再開しますか。
え、ベッド⁈
おかしい。私はリビングで寝ていたはず。でも、目を覚ましたら知らない天井。
「ここどこー!!」
「起きた」
「誰!」
見知らぬ金髪の女性に日本語で声を掛けられた。
「わたしは女神アリア」
女神? うっそだぁ~。
白いドレスに金色の杖を手にしているので見た目はそれっぽいが女神なんている訳が無い。
「えっと、病院行きましょうか?」
この人は重度の中二病を超える、それこそ病院が必要な人だ。
「わたしは心を病んでいる人じゃありませんてばー」
本当におかしい人は自分がおかしいことに気づかないと聞いたことがあるがどうやらそれは本当のようだ。
「それじゃあ、お大事に~」
ここは三十六計逃げるに如かず。
「わたしの話しを聞いてー」
アリアを無視してベッドから置き上がりお暇しようとしたのだが、そこでとんでもないことに気が付いた。
「……」
驚きのあまり言葉が出ない。
なんと体とパジャマが半透明ではないか。
「えっと、非常に言いにくいんだけど、優、貴方は亡くなったの」
こめかみに手を当ててゆっくりと考える。
「なるほど、私は死んで魂だけになったんですね」
「あら、あっさり受け入れたのね」
受け入れたくないが、死んでしまったものは仕方ない。
「ところで私の死因は何ですか」
心当たりがないこともない。とはいえ現代の日本ではほぼあり得ない死因だけど。
「これを見て」
アリアが中空に手をかざすと立体映像が浮かび上がった。
今はまだ2019年。目の前で見ても信じられない技術だ。いやこれは神のなせる技なのだろう。
画面にはリビングで寝落ちした私が映し出されている。
そこに遺産相続で揉めている叔母が入ってきた。私の嫌な予感が的中したようだ。
「イヤー」
私は悲鳴を上げ、その場にしゃがみ込んだ。
叔母は私の首に縄をかけ地蔵背負いを決めたのだ。
地蔵背負いは推理モノでよく見かける、索条痕が首つり自殺と酷似した絞殺方法だ。
「ここまでにしましょう」
アリアは優しく声を掛けてくれた。
「いえ。最後まで見せて下さい」
叔母は予想通り、私を首つり自殺に見せかる偽装工作を行い、コーヒーカップを洗い部屋を出た。大方合鍵を作って事前に家に侵入して睡眠導入剤を仕込んでいたのだろう。
「この映像は一時間前の事です」
これなら叔母さんが捕まるのは時間の問題だ。
叔母さんと遺産相続で揉めているのは大学の先生も友人も北海道警も知っている。
先生と友人が明日には私の死体を見つけてくれるだろう。
そしたら鑑識は私の遺体を見て気づくはずだ。地蔵背負いと偽装工作で二回首を絞めていることに。
微妙に角度が違うが索状痕が二本あることに気づかないほどマヌケじゃないだろう。そうなれば私の血液を採取して睡眠導入剤を検出するだろう。
「病院のお世話になるのは私の方でしたね」
但し治療ではなく司法解剖だが。
「そうね」
「それで私はこの後どうなるんですか。魂があるってことは転生とか出来るんですか」
アリアもといアリア様は頷いた。
「ええ、出来るわ。その前にちょっと気分転換しましょうか」
「そうしてもらえると助かります」
展開が急すぎて頭と心がついていけてないので本当に助かる。でも神様の気分転換って何だろうか?
「コレなーんだ」
「おおー」
まさかアリア様がゆるふわもふもふストーリーを持っているとは思わなかった。
「やりたい?」
「勿論でございますアリア様」
私はオーバーリアクションで土下座を決める。
「うむ。素直でよろしい」
「フフッ」
「フフッ」
「せっかくだらか優のデータを用意するわ」
「ははー、ありがたやありがたや」
なんと話の分かる神様だろうか。
「あ、そうだ。何か飲む?」
ここまで打ち解けて遠慮するは失礼かもしれない。とはいえ一方的にお世話になるのは気が引ける。
「私が用意しますか」
「部屋を出てすぐのところにキッチンがあって、戸棚にトアルコトラジャがあるから入れて
くれる」
「私も頂いていいですか」
「いいわよ。あと、冷蔵庫にチョコがあるから持ってきて」
こ、これは……。会話の流れからして、キッチンが地球と変わらないかなと予測していた
が、まるでモデルハウスの瀟洒なキッチンだ。
冷蔵庫を空ければ某世界的に有名なチョコレート会社の詰め合わせが入っているし、とても快適そうな家じゃないか。
ここに残るのも悪くないかという気が少ししてきた。
「そういえばアリア様」
「何?」
箱の中からどのチョコを頂くか吟味しながら尋ねてみる。
「ここはどこですか?」
「ん。神々の住む世界。で、ここはわたしのおうち」
つまり異世界か。まあ、そんな気がしていたが。
「どうやって、こういうの買うんですか?」
Gという会社のロゴが入った粒を摘む。
「ああ、時々日本に遊びに行ってるんですよ」
「えっ」
私は勢いよく立ち上がった。
「残念ですが、神々の世界から地球に行けるのは神だけです。優は、その」
そっか。
「いえ、仕方ないです。気を取り直してやりましょう」
それから二日後。
「やったー」
クリアだクリア!
「おめでとー」
私はほぼゲームばかりしていた。ゲーム以外にしていたことといえば、食事を作ったり、お風呂に入ったり、アリア様のスマホを借りたり、ベッドで寝たりとゆるゆるな生活を謳歌したのだ。
「さてと、じゃあアリア様。そろそろ今後の事、決めましょうか」
「そうね。それでちょっと優に手伝ってほしいことがあるんだけどいいかな」
「ええ、いいですけど」
何だろう改まって。
「わたしね、ゆるふわもふもふストーリーの中に入ることが出来るの」
「マジですか」
私は身を乗り出した。
「正確にはゆるふわもふもふストーリーと同じ世界を神の力で生み出したの」
そしてその中でリアルなゆるふわもふもふ生活を満喫しようとしたらしい。
「私も行きたいです」
ゲームではもふもふの感触が味わえなかったがゲームの世界に入れるなら肌で味わえる。そいつは楽しみだ。
「でもね。ゲームの中の細かい設定で辻褄を合わせるのが大変だったり、一部のキャラが治安を乱してちょっとゆるゆるな生活じゃないこともあるの」
アリアはしょんぼりしている。ゆるい生活の送れない、ゆるふわもふもふストーリーなんてそれはもはや違うゲームだ。
「神様の力で何とか出来ませんか」
「人間が神のいう事を聴くと思いますか」
「無理ですね」
人間が神様のいう事を聴くなら地球はとっくの昔に平和になっているしユダヤ教とキリスト教とイスラム教で揉めたりしない。
「世界で一番信心深くない民族が、一番神の教えに忠実な民族って何かの皮肉ですか」
「それは日本人がそういう民族だからとしか言いようが無いです」
「まあ、そういうことで優にはゆるふわもふもふストーリーの中に入って世界をより良くして欲しいんです。貴方は大学で理系の勉強をしているそうですね。その知識を活かせばできるんじゃないですか」
それはとても面白そうな話だ。とはいえ条件がある。
「時々でいいですので、ここを使わせてくれるならいいですよ」
ここなら異世界にいながら日本とほぼ同じ快適な生活が送れる。手放すには惜しい。いや手放したくない。
「わかったわ」
「じゃあ、決まりですね」
私の次の人生が決まった。それはとても楽しそうな予感がする。
他にもう一作書いています。
タイトルは
『神魔大戦~神と悪魔の戦いに化学で割って入る物語』
https://ncode.syosetu.com/n2539ft/
です。こちらは打って変わって生々しい描写のオンパレードです。思いっきりR15指定です。読まれる際は十分気をつけて下さい。