ふたりの(愉快な)じかん
「お、おう」
幼馴染からの感謝の言葉って、実際に聞くと照れ臭いもんだな。
俺は頭をかきながら、俺が演じる役について
詳しく梨音に聞くことにした。
「ところでさ、梨音」
「何かしら?」
「一口に彼氏って言っても色々あるけど、お前は
俺にどんな彼氏を演じてほしいんだ?」
「ん、そうね……」
梨音は顎に手を当て、しばらく思考を巡らすと、一言
「一馬の真反対の性格、行動、能力であればある程いいわ」
と答えた。
なるほど、確かにそんな彼氏と梨音が付き合っている事が
一馬に伝われば、あいつもすっぱり諦めてくれるかもしれない。
そういう意味では重要な条件だ。
だが、あのキザの星から来たキザ星人の様な奴の
真反対となると……
「うーむ」
俺はうなりながら首をひねった。
やっぱり寡黙、草食、謙虚な彼氏を
俺がやるという事になるか。
……できるか?俺に。
梨音は、そんな俺の不安を見透かしたように穏やかに微笑むと、
俺の肩をぽん、と叩いた。
「大丈夫よ。あんたは私が信頼してる幼馴染だもの。
陰キャの真髄を見せてやりなさい」
「まあ、そうか……って、俺陰キャ扱いなの!?ひどくね!?」
た、確かに無口だけどよ………
不服な俺に、梨音はさらに笑顔で畳みかける。
「世界は残酷なのよ。あんたはこの世界の中では
トップクラスの陰キャなの。現実を見なさい」
「めちゃくちゃひでえ……
お前だって実は、人見知りで押しに弱いくせに」
「わ、私はかよわい乙女だからいいのよ」
自分の事を美人だと主張してはばからない奴が、
かよわい乙女な訳がない。
そう思って、俺は陰キャらしく肩をすくめた。
「なによ、私はかよわい乙女じゃないとでも言うの?」
「はいはい、梨音様はか弱いでございますよ」
適当に返事をした俺に、梨音はむくれた。
「女心がわかってないわね、あんたは」
「ええ……」
女心という謎の概念、これがわからない。
俺は首をひねってしばらく考えた後、梨音に言葉をかけた。
「梨音はさ、かよわい感じじゃないのが良さなんじゃないか?
こう、強気で、何事に対しても努力できる所が、
梨音のいいところだと俺は思うけどな」
「……なるほど、そういう考え方もあるわね」
梨音は俺の言葉を受けて、あごに手を当てて
しばらく無言で考えた後、こちらに笑顔を向けた。
「やっぱり、夏樹が一番私の事分かってるわね。
あんたに彼氏役、頼みたいわ」
「お、そうか」
なんか信頼されてるのが嬉しくて、俺は二つ返事でOKした。
「……んじゃ、彼氏役やってやろうじゃねえか!」
俺に迷いは無かった。だって梨音の為だしな。
梨音もそれに、「やるしかないわね!」と乗っかる。
「まあ、基本は私の言ったことに『はい』か『Yes』で答えるだけの
簡単なお仕事だから大丈夫よ!」
「おう!……ん?」
なんか違和感があるぞ。
はいかYesって、選択肢になってなくない?俺は訝しんだ。
梨音もそれに気が付いたのか、笑ってその場を乗り切ろうとしてくる。
「こ、細かい事は気にしない!私が彼女役をやるんだから、
夏樹は無口なくらいでいいのよ」
「う、うん、そうか」
俺は犬か?とも思ったが、
梨音が笑っているならそれでいいか、という思いもある。
……まあ、俺の幼馴染がいいならいいや。可愛いので許す。
「じゃあ、そういう事で決まりだな。」
俺がそう言うと、梨音は「ありがとね」と照れ臭そうに小声で言った。
それから大きく伸びをして、テーブルにぐでーっと上半身を乗っける。
「うー、今日は色々あって疲れたわ~」
人の家だというのに、今日は一段とくつろいでいる。
きっと学校で結構気を使っていたんだろう。
猫の様に体を丸め、大きくため息をつく幼馴染を見て、俺はそう思った。
学園一の高嶺の花が、俺の家では猫みたいになってるというのも
だいぶ奇妙なはなしではあるのだが。
……たぶん、俺は信頼されてるんだな。
その事実をうれしく思いながら、俺は可愛い幼馴染をねぎらった。
「コーヒーでも入れようか?」
「いや、今日は温かい紅茶だと助かるわ」
「りょーかい。疲れて横になるなら、毛布持ってくるけどいるか?」
「いえ、心配には及ばないわ。大丈夫よ」
ゆったりとした口調でそう言うと、
梨音は俺を見て「ふふっ」と笑みをこぼした。
「やけに優しいじゃない。やっぱり彼氏だから、かしら?」
「違えよ」
そんな事で、俺の態度は変わらねえっての。
俺は自然に、考えるまでもなく口に出す。
「お前が大切で可愛い幼馴染だからに決まってんだろ。
何度も言わせんな、恥ずかしい」
梨音はそれを聞いて頬をわずかに紅潮させ、
それから少しして、照れているのを隠すように不敵に笑った。
「な、なかなかイケメンな返答じゃない?
私みたいに口説かれ慣れてる美人じゃなかったら惚れてたわね」
全く、この意地っ張りめ。
「はいはい美人美人、紅茶淹れてくるわ」
「何よその返答は。……私が照れてたとでも?」
「はいはい」
俺は半笑いでリビングからキッチンに移動すると、
鍋でお湯を沸かし、その間に紅茶の箱を探した。
時々梨音が来て料理してくれるという事もあって、
俺のキッチンは整理整頓されていて、紅茶はすぐに見つかった。
「えっと、梨音はアップルティーが好きだよな……」
箱に書いてある銘柄を確認しながら、紅茶の箱を開ける。
「おっ、すごいいい香り」
中にあったアップルティーの紅茶は、甘くていい香りがした。
思わずうっとりするような、そんな香りだ。
(そういや梨音の髪もいい香りだったな……って、
何を考えてるんだ俺は)
頭の中の妄想を考えないようにしつつ、コップにお湯を注ぎ
そこにティーバッグを入れ、三分待つ。
「よし、完成」
俺は出来上がった紅茶をリビングのテーブルに横たわる梨音のもとへ運び、
自分も梨音の隣に腰を下ろした。
梨音は「ありがと」と言ってコップを両手で持ち、しきりにふーふー、と
息を吹きかけて紅茶を冷ましている。
「そういや猫舌なんだったな、梨音は」
「そうね……恥ずかしいけれど、その通りよ」
熱い紅茶に悪戦苦闘しながら、猫っぽい幼馴染はそう答えた。
俺はそれを、ちょっとニヤニヤしながら観察する。
仕草一つ一つが可愛いので、ずっと眺めていられるのだ。
「次からは氷を入れて、冷まして持ってこようか?」
俺の提案に、梨音は首を横に振った。
そして、いつもの様に自信たっぷりに言い放つ。
「大丈夫よ。私は紅茶が薄まるのは嫌いだし」
それに、と彼女が続ける。
「あんたの気持ちが込められてる物が――たとえ紅茶であっても――
本来の形で無くなるのは不本意だもの。大切な、幼馴染が
私に作ってくれたものだから」
そう言って、梨音は可憐な笑みを浮かべた。
思わずその真っすぐな言葉と表情にドキッとする。
梨音は俺の反応を見て、今度はちょっと意地悪で妖艶な笑みを浮かべた。
「あら、照れているの?かわいい男ね」
「うっせえ、それで喜んでるお前も可愛いぞ」
思わぬ反撃に、梨音はたじろぎながらも笑みを崩さない。
「っ、そんな文句で私が動揺すると思ってるの?」
「めちゃくちゃ動揺してるじゃねえか」
「ふ、ふん」
愛しいなあ。
俺は心の底から、そう思ったのであった。
投稿遅れてすみません!