ふぁいふぇいひゅ(文芸部)
結局、梨音が帰るのは8時すぎになってしまった。
責任を感じつつ、梨音を家まで送る。
すると彼女はゆっくり振り向き、玄関ドアの前で
いつもと同じ様に儚げな微笑を浮かべた。
「また行ってもいいかしら?」
「もちろん、こっちからお願いしたいくらいだ」
……というわけで、妙なほどに親切な幼馴染の訪問は、
この後も続く事になった。
*
「つまり、学園一の美人お嬢様である梨音っちとナツキンは密会して、
人に言えない様な事をやっていたという事だね!」
「やってねえ、誤解だ!」
所変わって、ここは昼下がりの学校。
お昼ご飯を食べ終わった俺の机に、食い気味で
身を乗り出しているこのエキサイティングな女は、
赤羽真里、という俺の同級生である。
「ひどい!夏樹く~ん!わたしと結婚するって約束したのに!」
「した覚えねえよ!真里、アホも休み休み言え!」
身長、体重が小学生と同じくらい。
顔も童顔であり、なおかつ生粋のアホの子である事から
皆からは親しみを込めて真里ちゃんと呼ばれている、らしい。(本人談)
そんな真里ちゃん(自称)は頬をぷく~っと膨らませると、
机に突っ伏しておいおい泣くそぶりを見せた。
「うえ~ん、ナツキンがひどいよ~!」
「俺の机で泣くな!なんか俺が泣かしたみたいになるから!」
「え~、じゃあ泣かないから社会のノート写させて!お願い!」
「な、お前、ずるっ!」
俺があまりのせこさに笑ってしまうのを了承と取ったのか、
真里は「ありがとう!」とぱあっと顔を輝かせ、俺のバッグを漁り始める。
……いや、誰も了承してねえし!
「勝手に漁ろうとす……」
「あった~!社会のノート!」
「……そうか。よかったな」
もういいか。もういいや。うん。
俺は半ばあきらめの境地で、飛び上がって喜ぶ真里に釘を刺した。
「ノートは貸してやるけど、梨音のありもしない噂は流すなよ。絶対」
真里は購買のパンをはむはむと食べながら、素直にうなずく。
「ふぃおんふぁんのふふぁふぁはふぁがふぁないふぁら、
ふぁんふぃんふぃて」
「何て?」
「ふぁふぁんふぁい?」
「だから何て?」
俺が聞き返しても、真里はパンを食べながら、
日本語ではなく独自の言語で返してくる。
うーん、まあいいか。真里語の解読は諦めよう。
こいつは悪意を持って嘘をつくようなタイプでもないし、大丈夫だろう。
そう判断した俺は、昨日梨音が作った肉じゃが(冷めてもおいしかったぞ)が
入っていた弁当箱をバッグにしまい、席を立った。
「じゃ、俺図書室で本読んでくるわ」
「ふぃっふぇふぁふぁい」
「はい」
よっこらしょ、とバッグを背負い、ごったがえす人の群れをうまく避けて歩く。
廊下に出ると、様々な生徒たちがガヤガヤと、賑やかに会話を楽しんでいた。
(こういうの見ると、ちょっといいなあ、とも思うな)
この学校での俺の立ち位置は、なんというか、モブだ。
知り合いくらいの関係の奴はいるのだが、別に部活にも入っていないので
友達としていつも喋るのは、誰にでも話しかける変人の真里と、
幼馴染の梨音くらいのものである。
まあ、それを苦に感じたことは無いが。
と、そんな事を考えてながら階段を上っていたら、
3階の図書室に着いてしまった。
この学校の図書館は広いうえにマンガやラノベが充実していて、
その上私語OKのゆるい場所なので、休み時間になるとかなりの生徒たちが
友達と話をしたり、本を借りるためにやってくる。
俺もまた、その一人だった。
もっとも、今日は呼び出されて来たのだが。
「梨音」
俺を呼びだした張本人――梨音の隣の席に腰掛け、俺は
深窓の令嬢のような風格ある佇まいで本を読んでいる
幼馴染に話しかけた。
「あ」
すると、俺に気が付いた梨音はいきなり頬を赤く染めて、
俺の耳元で囁いてきた。
「あ、あんた……」
「ん?」
「学校なんだから名字で呼びなさい。あと顔も近いわよ」
「あ、そうか。す、すまん霧崎。つい」
どきどきして、慌てて梨音から顔を離す。
すると、周囲の視線が俺たちに向いていることに気が付いた。
何やら生徒たちがひそひそ声で話しているのも聞こえる。
(あれが噂の霧崎さんの彼氏……?)
(美人の梨音様の彼氏にしては、思ってたよりモブ顔だし、
身長もそんなに無いな)
うっ。
……うるせ~!!俺は彼氏じゃねえ!幼馴染だよ!
低身長モブ顔で悪かったな!
きついところを指摘されてそう叫ぶのをぐっとこらえ、
これ以上の誤解を招かないように、俺は自然な感じを装って
梨音に再び話しかける。
「霧崎さん、今日は俺、いや僕に何の御用ですか?」
「急にイケメンみたいな喋り方になったわね、イケメンじゃないのに」
「うっせえ」
俺が周りに見られて緊張しているのを見て笑いやがって、こいつめ。
人を煽るセンスも一流かよ。可愛いから許すけどよ。
俺は大きく息を吐くと、今度こそ自然に問いかけた。
「で、まじで何の用だ?」
机に頬杖をついた梨音はそれに、不敵な笑みを浮かべる。
こいつがこういう顔してる時は、たいてい厄介事のたぐいだ。
「あんたと喋りたかったっていう個人的な理由もあるんだけど、一番は……」
梨音は髪をいじる手をとめ、ゆっくりと顔を上げて俺の目を見つめると、
子供がゲームを初めてやる時のように、目をきらめかせて言った。
「あんたと、文芸部を作りたいと思ってるの」