待て待て待て待て
「梨音、その衣装誰に用意してもらったんだ?買ったのか?」
「いや、これは作ってもらったのよ」
「誰に?」
「お姉ちゃ……姉さんに」
梨音はそう答えると、「結構かわいく作ってあるでしょ?」と、俺の前で服を見せるべくくるりと回って見せた。
「それを手作りって、すごいな」
じっくり見ても、梨音が着ているメイド服は市販品であるかのようにゴージャスかつ綺麗で、よく出来ていた。
「お姉さんって、生徒会長だろ?」
「そうよ?」
「あの人、裁縫も出来るんだな」
直接会って話したことは無いが、生徒会長は学校の講堂でよく生徒代表として登壇していた。
凛々しい感じの高身長の人だったはずだが、こんな事も出来るとは。
「梨音は家事が出来るし、お姉さんは裁縫が出来て生徒会長なんだな。すごい姉妹だな」
「そうでしょ?」
梨音は自分と家族が褒められたのが嬉しいのか、とても上機嫌だった。
「やっぱり私たちは美人だし、家事も出来るし、いい女なのよね」
鼻が伸びる音が聞こえてきそうなくらい、調子に乗っている。
おそらく、先ほど可愛いと俺に褒められたことも影響しているだろう。
……ちょっといじるか。
「妹の方はちょっとアホだけどな」
「む。アホじゃないわよ、お茶目と言って頂戴」
「やーいアホ」
「夏樹、あんた……後で覚えてなさいよ。肉じゃがの具にするわよ」
煮込まれちゃうのかよ、俺。まじか。
なんかキレられてるのはわかるんだけど、いちいち感情表現が可愛くてほっこりしてしまう。
「何をニヤニヤしてんのよ」
「いや、何も?梨音は可愛いなと思って」
「なっ、あんたねえ……」
可愛いと言われるとすぐ恥ずかしがって目を逸らしてしまうのもちょろくて、可愛い。
「……馬鹿な事言ってないで行くわよ。顧問の先生待たせてるから」
「ほい」
俺はメイド梨音の後を追って、二階隅っこの教室へと向かった。
*
「で、ここが目的の部屋と」
俺たちがたどり着いたのは廊下の一番端っこ。
この教室は以前生徒会室として使われていたのだが、古いという理由で現生徒会の時に移転し、使われなくなった。
つまり、空き教室となっていた場所である。
おそらくここで部活をするのだろう。
「ここで作戦会議をするのよ。今後のね」
「なるほどな」
じゃあ入るか、と教室の扉に手をかけ押す。その時だった。
「遅い!」
その場の空気が震えるほどの振動だった。
教室に入った俺たちをよく響く声で一喝したのは、見覚えのある上級生だった。
「お姉ちゃん!?」
そう、俺たちの前に現れたのは、あの生徒会長であった。
「先生を待たせておきながら遅刻とは、いい度胸だな。妹と……横のモブ」
いきなりモブ呼ばわりされたよオイ!初対面だぞ!
「妹が新しい部活を作ると聞いたから、生徒会長として相談に乗りに来たのだが、残念だ」
腕をがっしりと組み、厳しい顔で俺たちの前に仁王立ちする生徒会長。
なんというか、印象としては梨音を数倍怖そうにした感じの先輩だ。
しかも俺より背が高い。威圧感が半端ない。
これが、梨音の姉か。
「ねえ、お姉ちゃん」
「何だ」
梨音の呼びかけに反応して、低い声を出す梨音姉。
うわ、流石に会長やってるだけあって殺気が半端ない。うちの高校こんな武闘派な感じだっけ?
「いいかげん、私の前からどいてくれない?」
「なっ……」
オイオイオイオイ待て待て待て待て……
死ぬぞお前!!
こんないかにも「怒らせたらまずい」オーラの人にそれはまずいって!
慌てふためいている俺をよそに、二人は無言のまま真顔で見つめあっている。
圧がすごいよ、圧が。
そうして数十秒が流れた後、いきなり会長はすっと横にどいた。
「……とりあえず座れ。話はそれからだ」
「ええ。夏樹、行きましょう」
「お、おう」
梨音に連れられる形で、先生と梨音の隣に座る俺。
先生は相変わらずの微笑だし、梨音は真顔だしで調子が狂う。
一方生徒会長はというと、何と俺の真正面に椅子を持ってきて座った。
もちろん顔に一切笑みは無い。本気で怒っているんじゃないかこれ。
「さて、そろそろ部活の話を始めようかな。三人とも準備大丈夫?」
伏見先生の問いかけに、俺と梨音がうなずく。
クソ、こんな緊張感バチバチの話し合いをするなんて聞いてないぞ。
「じゃあ始め…」
「待ってください、先生」
伏見先生の言葉を手で遮って、会長が話し出す。
「まず、この場に破廉恥な格好で来た妹を、家族として注意する時間を少し頂きたい」
「は?」
梨音と会長が、また互いににらみ合う。
「そもそもこの服作ったのお姉ちゃんでしょ」
「その破廉恥な服は、家で着ると聞いていたのだが?」
「家でも着るってちゃんと言ったわよ」
まだバトルは終了してなかった。それどころか、もう止まりそうにない。
……マジでどうなるんだよ!暴力はよくないぞ!