電波、飛んでますか
「夏ならではの企画!アイス100個食いながらゲームしてみた!」
やけにざらっとした男の声が、イヤホンを通して私の鼓膜に到達する。
よく動くイケメンの3Dモデルを通して、男の配信者が私たちに笑いかけた。
「5000円スパチャあざっす!」
そのさわやかな声と受け答えには一部の曇りもなくて、
私は思わず感動してしまう。
きっと、この配信者は自分の声についてもよく研究しただろうし、
投げ銭してまで自分を応援してくれる視聴者に対する
しかるべき態度も考えて喋っている。
自分の全てを、他人に見せるために美しく作り替えて。
それがまるで、自分の自然体であるかのように振舞う。
その苦しみがわかるから、私はこの配信者が好きだ。
なんとなく親近感がわいている、のかもしれない。
「ふ~」
ゆっくりと背伸びをする。2秒か、3秒くらい。
「さて、SNSの確認でもしますか」
みんなが、私を待ってるしね。
……そりゃ思い上がりか。
私はパソコンで開いていたUtubeの画面から、
手に持っていたスマホに目を落とす。
「お、ナツキンからメッセ来てる……梨音っちからもか」
マリアナ海溝より深いため息が出て。
私はスマホを持ってない方の右手の親指の爪を、がりっと噛み千切った。
*
「Aランチ1つ、お待たせ」
「ありがとうございます」
やけに事務的な食堂のおばちゃんから定食の乗ったお盆をもらい、
俺は食堂の隅、人目があまり気にならない場所を確保した。
お昼時の食堂という事もあって、中は生徒たちでごった返している。
ちょっと梨音との待ち合わせ場所としては、適当じゃなかったかもしれないな。
そう反省しつつ、俺はAセットに箸を付けようとした。
その時だった。
「ナツキン、よっす!」
ぴょこっと人ごみの中から飛び出して来て、その子が笑う。
器用な身のこなしで人の波をすり抜け、こちらまで来たそいつは……
もちろん、クラスメイトでありよき隣人の真里だ。
「よ、真里」
相手に合わせて軽く挨拶すると、真里はぐったりとした様子で
椅子に深く腰掛けた。
「いやあ、ナツキン見つけるの大変だったわあ。
どこにいるんだか皆目見当つかなくてさ」
「お、それはすまん」
頭を下げる俺を、真里は手で制止して笑った。
「まあまあ、この分はナツキンに貸しって事で~」
「……マジ?」
「大マジよお」
真里は悪いお代官様みたいな顔をして、こちらに笑顔を向けた。
「えへへ」
人懐っこい小動物のような笑みを浮かべながら、
真里は壁に立てかけられた時計に視線を移した。
「まあそれはそれとして、梨音っち遅いね~」
「お、そうだな、何かあったかな」
確かに真里の言う通り、今は待ち合わせ時間を少し過ぎている。
常に五分前集合の梨音のことだから、
忘れていたとか寝坊とかはないはずなんだが。
「俺ちょっと、様子見に行ってくるわ。
真里は荷物見ててくれ」
「りょーかーい。いってら~」
ひらひらと手を振る真里を背に、食堂の入り口へと向かう。
冷房がちゃんと効いているはずの室内は、人の熱気のせいで
動くと汗が出るほどに暑くなっていた。
「いや、まじでシャレになんないな」
これでは、梨音が来られないのも無理はない。
額の汗をぬぐいながら、俺は自分の想定の甘さを痛感した。
だが、ここで立ち止まるわけにはいかない。
とにかく今は、梨音を探すことが先決だ。
目を皿のようにして、辺りを見回す。
背の高いスポーツ系男子、ひょろっとした文化系の奴、
そして猫を抱えてこたつに入っている女子。
いろんな奴がいるな、この学校には。
「ん?」
なにやら強烈な違和感を感じて振り返ってみると、
……なぜか、梨音がそこにいた。
それも、こたつに入った状態で、猫と一緒に。
「梨音さん? あの~、つかぬ事をお伺いしますけど。
何してんすか?」
「猫とこたつを楽しんでるけど、何?」
まるで女王様のような、凛とした態度を取りながらの返事。
いやあ、いつもの梨音だ。こたつと猫を除けば。
「で、なんでこたつと猫と私、みたいな感じになってるんだ?」
「わたしが美人だから?」
「それは答えになってないんだよ、わかるか?」
なんで「美人」の一言で全ての問題が解決するんだよ。
学校にこたつ持ってくる時点でおかしいだろ。
しかも今真夏だよ、真夏!最高気温38度!
「しょうがないじゃない、こたつ研究部の部長に頼まれたんだし」
こたつ研究部とは何ですか?簡潔に答えよ。
もう口にする元気も無くて、俺は心の中でツッコんだ。
これ以上謎を増やしてどうするんだ。
俺の頭をパンクさせるのをやめろ。
俺たちを見る周りの視線も痛いんだよ。痛すぎる。
「で、それがお前が美人なのとどうつながるんだ?」
暑さと心労で干からびそうになるのをこらえて、俺は冷静に質問してみた。
だが、それを梨音は鼻で笑う。
「私が美人だと、こたつも映えるでしょ。
そうすれば、私とこたつ、両方の宣伝になる。
それで私が有名になれば、文芸部の活動にもプラスよね。
しかも、こたつ研究会にも恩を売れる。
ね、完璧なプランでしょ?」
よし、よくわかった。
お前が阿呆だという事はよくわかった。
……喋らなきゃ人形みたいに綺麗なのによ。
「よし、とりあえずこたつを片付けて、
ゆっくり話し合おうか」
俺は大きく息を吐いて、梨音の腕をがっちりホールドした。