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デート(?)その6

「じゃあ、じゃんけんで先攻後攻決めましょ」

「おう」


拳を振りかぶって、梨音とじゃんけんする。

小学校の頃にやった、給食のおやつ争奪戦を思い出すな。


「あ、勝った!」


梨音がグーで、俺がチョキ。

てことは、俺が先攻だな。


一つ、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


……よし。始めよう。


梨音の前に本を持ってきて、表紙を見せる。


「俺が紹介するのはこの本だ。ジャンルは推理小説」


こういうスピーチの基本は、はっきり聞こえるような発音だ。

幼馴染の前だから、別に緊張することもない。


この本の面白さを、出来る限り伝えるだけだ。


「梨音、推理小説ってどんなイメージだ?」

「そうね、そんなに読んでないから詳しくはないけれど……

 なんだか難しそうよね」


推理小説はあまり読んだことがない、か。


いいな。

それでこそ、この本を(すす)める甲斐がある。


「なら、この本は梨音のミステリデビューにちょうどいいな」

「本当? 私、本の好き嫌いはあるほうよ」

「大丈夫」


少し不安げにする梨音に、ニカッと笑ってみせる。


「この本の主人公は俺たちと同じ高校生でさ。

 何事にも消極的で省エネな奴なんだけど、友達に誘われて部活に入るんだ。

 んで、毎回厄介事に巻き込まれる」


ここまで一息で喋って、梨音の反応を見る。


「なるほど、主人公が私たちと同年代なのね」


よし、目線がしっかり俺を向いてくれてるな。

少なくとも今の段階では、興味を持ってくれているんだろう。


話の流れを崩さないように、素早く内容と魅力の説明に入る。


「主人公はやる気ないんだけど、毎回部活の仲間たちに頼まれて

 しぶしぶ厄介事を解決するんだ。その推理がまず面白い」


再び梨音の反応をうかがいながら、畳みかけるように言葉を紡ぐ。


「もう一つの魅力はな、この本を梨音にオススメする最大の理由でもある」

「……というと?」


おっ、いい感じに乗ってきてくれたな。

ここは自信たっぷりに、間を開けて言い切る所だ。


俺は一呼吸入れてから、梨音の目を見つめる。


「それは――この本が、()()()()()でもあるって点だ。

 要するに、この本は推理小説でありながらラノベ的要素も含んでるんだよ。

 実際、アニメ化やマンガ化もされてるしな」


舞台が高校であり、なおかつラノベ的要素も含んだ小説であるという点。

この親しみやすさが、この本を推理小説が苦手な梨音にオススメする理由だった。


「……ってな感じなんだが、どうだ?」


用意していた事を全部言い切った俺は、大きく息を吸って呼吸を整える。

梨音は――笑顔だった。


「いいわね、その本読んでみようと思うわ」

「よっし!」


小さくガッツポーズして喜び、持っていた本を梨音に手渡す。

もちろん、俺からのささやかなプレゼントである。


「あれ、もらってよかったのかしら?」

「おう、もう買ってきた後だしな」


実は、戻ってくるときにちゃっかりレジで会計を済ませて来たのだ。

もし梨音が受け取ってくれなかったら、観賞用になってしまう所だった。


「ありがとう、読ませてもらうわね」


梨音は口角を上げて美しく微笑むと、黒のシックな手提げバッグに本をしまった。

仕草そのものに無駄がなくて、思わず見入ってしまいそうになる。


こういう所も美人だよな、俺の幼馴染は。


「じゃあ次は私の番ね」

「あ、いや」


梨音が話し始めようとしたのをあえて(さえぎ)り、

俺は右手をすっと差し出した。


「その本、買いに行ってくるよ。

 梨音のオススメなら、紹介されなくても読みたいくらいだからさ」

「本当に?」

「おう」


少し頬を染めてはにかむ梨音から、本を受け取る。

レジに向かおうとする俺を、どこか居心地の悪そうな声が止めた。


「えっと、私もその本買ってきちゃったから……

 プレゼントって事にしてくれる?」

「マジか、わかった」


奇妙な偶然の一致もあったもんだ。

お互い、プレゼントするのを前提に本を買ってきていたなんてな。


考えてたことが一緒だったのがなんか恥ずかしくて、

梨音と顔を見合わせて、苦笑いする。


全く、これだから幼馴染はやめられない。


「さて、これで本屋も一通り回ったわね」

「そうだな」


朝から映画館で映画を見て、公園で昼食を食べ、

本屋で好きなだけ本を見て回った。


梨音と一緒に歩いたおかげか、楽しい事ばかりだったが

流石にちょっと足が疲れて来たな。


カチカチ、と音を立てる右手の腕時計を確認する。


今は、ちょうど四時半だ。

そろそろ一息つくのもいいだろう。


「梨音、ここら辺に喫茶店ってあったっけ?」


コクリ、と小さく梨音がうなずく。


「近場で雰囲気がいい所があるわ。案内するわね」

「お、任せた」


本屋を出て、また梨音に先導される形で

人ごみの中を突っ切っていく。


レンガで舗装(ほそう)された、古くからの街並みの残る通りを抜け、

梨音と俺はさらに奥へと歩いていった。


奥に行くにつれ、すれ違う人が少なくなっていく。

少しだけ不安を感じながらも、俺は梨音についていった。


「ここよ」


梨音が立ち止まったのは、小さな木のドアの前だった。

隣に立っている看板には、「樋口珈琲」とだけ書かれている。


「ここ、私の親戚のおじさんがやってるの」

「へえ、すごいな」


小さいとはいえ、個人で喫茶店を経営しているというのは

なんだか「大人の男」感があって憧れる。


ドアの隙間からもれるコーヒーの、どこか落ち着くいい香りを感じながら

俺はノブに手をかけた。






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