あーん、って、まじ?
「じゃ、そろそろ食うか」
「そうね」
肉じゃがを盛り付けた皿と、梨音が追加で作ってくれた味噌汁。
それとご飯をテーブルの上に置き、俺と梨音は席についた。
目の前で湯気を上げる出来立ての肉じゃがは、
だしの香りがしてとてもおいしそうだ。
「いただきます」
俺は手を合わせ、目の前のじゃがいもに箸をつける。
「……うまい。めちゃくちゃ」
よく火が通っていてホクホクな上、作ってからそこまで
時間がたっていないのに、味がしっかりしみ込んでいる。
梨音に料理を作ってもらうたびに思うことだが……
本当に彼女の作る料理は旨い。
「肉じゃが本当においしいぞ、梨音」
「あら、そう?気に入ってくれたなら良かった。
まだおかわりもあるから、いっぱい食べてくれると私も嬉しいわ」
「了解!ありがとうな!」
満足げに微笑む梨音に俺は返事をし、肉じゃがを味わいながら、
飯とともにどんどん平らげていく。
「ねえ」
「ん?」
あまりのおいしさに三回おかわりしたところで、梨音が
こちらに話しかけてきた。
「えっと、あんたは……」
「どうした?」
なぜか急に視線を泳がせ始めた幼馴染に、俺は食事の手を止めた。
それに対し梨音は気まずそうに少し咳ばらいをすると、喋り始める。
「あーん、って私にしてほしいのかなと、ふと思ったのだけれど。
……やって欲しいかしら?」
「あ、え?」
「恥ずかしいならやめるけれど……」
「い、いや、そういう訳ではないぞ」
いきなり来た動揺をなんとか抑え、そう返事する。
あーん、って……あーん、だよな……
確かに、女の子にあーんしてもらうのは夢の一つではあるが、
それを梨音にやってもらうのか!?
幼馴染とはいえ、いくらなんでも恥ずかしすぎる!
でも、しかし梨音は美少女だし、可愛いし……
俺は葛藤し、思考を巡らせていた。
この間、十五秒にも及ぶ沈黙。
「ねえ」
それにしびれを切らしたのか、梨音は俺をまっすぐ見ながら
「うーん、やっぱり判断を他人に任せるのは私らしくないわね。
夏樹、私にあーんさせなさい」
と言い放った。
え、まじ?
「はい、口開けて。……あーん」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「もう十分待ったでしょ。もたもたすると、無理やり口に流し込むわよ」
どんだけ俺にあーんしたいんだよ。実はSなのか?
「わ、私だって恥ずかしいんだから、早くしてくれないと困るわ。
せっかく彼女のいないあんたを喜ばせようとしてるんだから、
おとなしくあーんされなさい」
「わ、わかったよ。そういう事なら……」
俺が恐る恐る口を開けると、梨音は恥ずかしいのか
目を合わせないようにしながら、スプーンを差し出してきた。
「はい、あーん」
「ん……ありがとう!おいしいし、嬉しいぞ」
そう感謝を口にすると、俺の可愛い幼馴染は顔をぱっと明るくさせた。
「ふふ、それなら良かったわ。
早く料理ができて美人で優しい彼女を探して、毎日こういう風にやってもらえば
いいと思うわ」
「お、おう。そうだな」
梨音は満足げな表情を浮かべて、こちらに笑いかけてきていた。
後半なんかやけに圧が強い言い方だった気がするが、それだけ
俺の事を考えてくれているのだろう。有難い事だ。
俺はいろんな事をしてくれた幼馴染に心の中で感謝しつつ、
「ごちそうさまでした!うまかった!」
と手を合わせた。
「私もごちそうさま。美味しかったって言ってもらえて嬉しいわ」
梨音もそう手を合わせて席から立ちあがる。
「よいしょ」
二人で皿を片付け、シンクに置く。
「私が皿を洗うから、夏樹は拭いてくれる?」
「おう、わかった」
今のは何気ない日常だけど。
でも、こいつとだったら結構楽しい気がする、とふと思った。
「次は何作るか決めてないのだけれど、何か食べたいものあるかしら?」
皿を洗う水音の中、そう聞く梨音。
俺はそれに、自然に答える。
「お前の作る料理はなんでも上手いから、作りたいやつでいいよ」
「そう?わかったわ。あともっと褒めていいわよ」
すげえな。最後まで自信たっぷり。
まあ、褒めますか。性格は残念だけど優しいし。
「へいへい梨音様最高~。天才~」
「そのやる気のない棒読みをやめなさいよ」
梨音は俺に呆れたようにため息をつくと、
「私がお手本を見せてあげる」
と言って、いきなり大声を張り上げた。
「オウ!オウ!私最高!天才!
さあ、あんたも梨音様最高と叫びなさい!」
いやどんなテンションだよ。飲み会のコールかよ。
ちょっと、いやかなりハードル高くないか?
……まあでも恩もあるし、合わせてやるとしますか。
「梨音様最高~」
「声が小さい!」
「しゃあねえな……梨音様最高!」
「オウ!オウ!から再現しないと、褒めた回数にカウントされないわよ」
どんだけハイテンションでの褒めを要求してくるんだよ。
こんな深夜8時半に、隣の家の人に「イエイイエイ梨音様最高!天才!」
って叫んでるのが聞かれたら俺もう生きていけないよ?
そこらへん梨音分かってるか?大丈夫か?
「言わないとくすぐるわよ」
「オウ!オウ!梨音様最高!天才!」
「それでよし」
とっさに言ってしまった。
まあでも、梨音も満足げだし、いいか。
調子に乗ってる梨音が可愛いというのも、
幼馴染の俺だけが知っている秘密なんだよな、と思うと、
なんだか俺は嬉しかった。