デート(?)その5
昼飯を済ませた俺たちは公園を離れ、
再び駅の方へ戻ってきた。
休日だという事もあって、駅周辺はこの時間帯でも
人でごった返していた。
散歩しにきた人、買い物客。
それに、学生のカップル。
様々な人が行き交うのを横目に、梨音は先をずんずんと進む。
「それで、行きたいところって?」
そう疑問を口にすると、「待ってました」と言わんばかりの速さで
食い気味に、梨音が振り向いた。
「私たち新設文芸部に、ふさわしい場所よ」
駅から歩いて五分。
駅前のショッピングモールの八階に、それはあった。
紙の匂いと本の息遣いが、感じられる場所。
読書家ならば、一度は立ち寄ったことのある場所。
「そして文芸部にふさわしい場所――本屋よ」
「いや、なんでだよ!」
腰に手を当ててカッコつける残念な美人に、思わずツッコミを入れる。
「なんでデートの予行練習で本屋なんだよ!?」
「それは……」
あごに手を当て、少し考え込む梨音。
「私が本好きだから。以上」
「いや率直すぎんだろ!」
何をどうしたら、初デートで巡る場所が本屋になるんだ。
もっとこう、カップルで行って盛り上がる場所あるだろ。
「何か悪いの?」
俺が何か言いたげなのを察したのか、梨音は子供の様に頬を膨らませた。
基本優しいし面白い奴だけど、変な所抜けてるんだよな。
「そのな……」
「えっと」
俺がそう口を開いたのと、梨音が何か言いだそうとしたのは、ほぼ同時だった。
なんだか気まずくて、お互い口を閉じてしまう。
「あのね」
ちょっと間が開いて、梨音が喋りだす。
少し揺れた声で、動揺しているのがこっちにも分かった。
「今日は夏樹とのデー……お出かけだから、本屋だったらお互いに
本を紹介しあったりして楽しめるかって思ったの。
嫌だったら場所を変えるわ」
なんだかどんよりしてしまった空気に、慌ててフォローに入る。
「あ、俺は別に、嫌な訳じゃない。
デートの練習なのに、本屋でいいのかって思っただけなんだ」
梨音は、その説明を聞いてなぜか目をパチクリさせた。
「えっと、その」
しばらく腕を組んで首をかしげた後、梨音は苦々しい顔をして
一人で深く頷いた。
海底のような深さのため息をつき、梨音は頭を抱える。
「そうだったわね……デートの練習だものね……」
そのまましばらく梨音はうなり、本屋の人たちに注目されながらも
ようやく俺の方を向いた。
「えっと、私が好きな奴は本が好きなの。
私と同じくらいには」
「む、なるほど」
ただ自分の好みで選んでたんじゃなくて、
デート相手の事もちゃんと考えてたんだな。
俺は安心して、ほっと胸をなでおろした。
「それならよかった。
じゃあ、二人で本屋回るか」
「ええ」
気を取り直して、ずらりと並ぶ本棚たちの中に足を踏み入れる。
現代文学に、海外文学に、古典。
ライトノベルに、コミックに、哲学書と医学書。
数えるのも気が遠くなりそうなほどの本たちが、
俺たちを出迎えてくれた。
もちろんお客さんもそこそこいて(休日なので)、
その層も老若男女問わず様々だ。
ここにいる人は、全員俺たちと同じように本を読むのだ。
そう考えると、すれ違う人になんだか親しみを感じる。
「いいところよね、本好きにとっては」
「ま、そうだな」
梨音と時折言葉を交わしながら一通り店内を回った後、
俺たちは元の入り口に戻ってきていた。
「さて、一周もしたところだし」
梨音が目をきらめかせながら、いきいきと話す。
「二人でこの本屋さんにある本のうち一つを薦めあう、
ってのはどうかしら?」
「そりゃ、結構面白そうだな」
「でしょ?」
お互いに本をオススメしあえば、自分の好きな本を知ってもらえるし
新しい本と出合うこともできる。
本好き同士のカップルとしては、なかなかいい案じゃないか。
俺は深く頷いて、参加に同意する。
「じゃ、本は十分以内に探して持ってくる事。
待ち合わせは入り口で。わかった?」
「おう」
*
梨音と別れた俺が真っ先に向かったのは、ライトノベルのコーナーだった。
通路の両側に張られたポスターには、剣を持ったかっこいい男と
ふりふりのドレスを着た可愛い女の子のイラストが描かれている。
……あのドレス、梨音が着てもばっちり似合うだろうな。
お姫様のような梨音のドレス姿を妄想して、思わずにやけそうになりながら、
ラノベの棚を一つ一つチェックして歩く。
「ここにあったっけな……?」
俺が足を止めたのは、学園ミステリ―の特集が組まれた棚だった。
実をいうと俺は、大のミステリ愛好家なのだ。
ラノベから江戸川乱歩まで、ミステリは結構読む方だという自負がある。
そんな俺が一番梨音にオススメしたいのが……
「えっと、これだな」
本の背表紙に指をかけて、傷がつかないようにそっと取り出す。
これは、俺がミステリーにはまるきっかけになった本だ。
「よし、戻るか」
本を大切に両手で抱え、俺はラノベの棚を後にした。
入り口に向かって歩いていると、反対側からこちらにやってくる
梨音の姿に気が付いた。
向こうも俺に気が付いたのか、控えめに手を振りながら
すたすたと歩いてきた。
「私に薦めてくれる本は、見つかったかしら?」
その問いに、俺は大きく頷く。
「ああ」
梨音の方も、本を大事そうに両手で持っている。
どうやら、お互い準備はできたようだ。
「いよいよ、オススメバトルの幕開けよ!」
「いやこれバトルじゃねえから!」