デート(?)その4
あーん、だと?
梨音に?
俺が?
あまりに突然のお願いに、頭が機能を停止した。まずい。
何と答えていいのかわからなくて、俺は
ただ弁当箱のから揚げと、目の前の梨音を交互に見る。
「目が泳いでるわよ、夏樹」
「う、うっせ」
頬を赤く染めながら、少し控えめに口角を上げる梨音。
その表情は少し得意げで、年相応の愛らしさがあった。
普段は強気で大人びているのに、笑うと可愛いんだよな。
「私みたいな美人にあーんできるなんて、そうそうないわよ。
感謝してひれ伏して崇めなさい」
「は?」
……ごめん、やっぱ訂正するわ。こいつはただのアホだ。
きれいな外見と残念な性格のギャップに、思わずため息が出るわ。
「あーんしないの?チャンスなのに」
「わかった、あーんしますよ」
苦笑いしながら、弁当箱に残っていた唐揚げを箸でつまむ。
「そ、それでいいわ」
梨音は満足げにうなずくと、ぎこちない動作でこちらに顔を向けた。
「はい、あーん」
あーんするために、俺は自然と梨音の方に体を乗り出す。
その瞬間。
こちらを向いた梨音と、間近で目が合った。
昼下がりの木漏れ日に照らされたその瞳は、精巧なガラス細工のようで。
なぜだろう、目が離せない。
「……あ」
バクバクと鳴る心臓の鼓動だけが、やけにうるさく感じる。
梨音の息遣いが、近くにあった。無防備なまでに、近くに。
顔が、いままでになく火照るのを感じた。
「な、何を、してるの」
しばらく続いた静寂を破ったのは、梨音の方だった。
なぜか俺から目線を逸らして、梨音は口をとがらせる。
「見つめあってても、しょうがないでしょ。
はやく、あーんってして」
「お、おう」
ねだられるがままに、梨音の方へ箸を持ってくる。
「あ、あーん」
「……ん」
控えめに口を開けて、梨音が唐揚げを食べる。
「ん、おいしい」
目の前にいるのは、小さいころからの幼馴染。
あの、強気で美人でちょっと残念な幼馴染だ。
そのはずなのに、なぜか手が震えた。
俺の知らない梨音が、そこにいた気がして。
「な、夏樹」
「うん?」
二人の間を、そよ風が通り抜ける。
昼下がりの静かな公園の中で、ゆるやかに時が流れていた。
きれいな黒髪を風になびかせながら、梨音はきまりが悪そうに
俺から目線を逸らして、言った。
「突然のお願いだったのに、叶えてくれて……ありがとう」
ぎこちないその表情が、あまりにも嬉しそうで。
俺まで、なぜか胸の中が温かくなってくる気がした。
「おう! おいしい料理食べさせてもらったし、俺の方こそありがとな」
天気がいい日に、公園で親友とご飯を食べる。
ただそれだけの事なのに、俺の心は高揚していた。
「夏樹、また誘ってもいいかしら」
「もちろん。美人さんとの散策は大歓迎だぜ」
俺がおどけた調子でグーサインを出すと、目の前の美人は
なぜかむくれてそっぽを向いた。
「……馬鹿夏樹、調子に乗りすぎよ」
「ええ!?」
なんで!?
梨音を褒めたつもりだったのにな。女心は分からん。
首をひねる俺をよそに、梨音はそっけない態度で時計を確認する。
「もう三時だし、移動しましょ。
まだ二人で行きたいところがあるし」
バッグに弁当箱を入れ、立ち上がろうとする梨音。
慌てて、俺も荷物をしまい始める。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。今準備して――」
そう言い終わる前に、突然どさっという音がして。
梨音のバッグが、彼女の手から落ちた。
「っ……!」
顔を歪め、バッグを持っていた右手を抑える梨音。
「どうした?」
俺がそうたずねると、梨音は苦々しげな顔をした。
「昨日料理してたら、手を切っちゃって。
そこが、まだ痛むのよ」
梨音は、でも大丈夫よ、と顔の前で手を振る。
自然と、いつもの強がりだという事はわかった。
幼馴染の勘、だろうか。
「無理しなくていいんだぞ。
絆創膏持ってるから、傷の所見せてくれ」
「あ、うん」
案外素直に差し出された右手を、そっと握る。
傷は浅く、俺の持っている絆創膏でも足りそうだ。
「よし」
梨音をベンチに座らせ、痛くないように気を使いながら
傷の所に絆創膏を、そっと貼る。
「こういう時は夏樹って、イケメンよね」
「まあな」
「冗談よ」
さらっとひどい事を言われた気がするが、料理に免じて許してやろう。
俺は寛大な心で、絆創膏を端まで張り終える。
「終わったぞ、梨音」
「ありがとう、褒めてつかわすわ」
どこまでも上から目線な幼馴染のボケをしれっとスルーして、
俺はベンチからすっくと立ちあがった。
「バッグ、俺が持つよ」
「本当にイケメンみたいじゃない。
いつもはつけ麺みたいな感じなのに」
「普段からイケメンだわ、バカタレ」
苦笑しながら、梨音に渡されたバッグを持つ。
持ってみると、これがなかなか重い。
見た目に気を使っている梨音の事だから、おそらく化粧道具も
持ってきているのだろう。
美人かどうかは普段のふるまいによってわかる、と
梨音は前に言っていた。
料理でもファッションでも、自分のやりたい事を
一生懸命頑張れる俺の幼馴染は、やはりそうなのだ。
正直、誇りに思うぜ。
「俺はイケメンだけどさ、梨音」
「何かしら?つけめん君」
「お前も中々、美人だよな」
サボっててすみませんでした!!!
週一くらいで更新します