恋愛相談 その2
「それじゃ、夏樹は」
まだ温かい紅茶をすすりながら、梨音はこちらに質問する。
「女の子にしてほしい格好みたいなのって、ある?」
女の子にしてほしい格好、か……
「うーん、そうだな」
ファッションに対して特に興味があったわけでもない俺は、
その質問に考え込む。
服に詳しくないから、よくわからんが……
「梨音は結構服のセンスいいし、なんでも似合うから、
自分が好きな服着てたらいいんじゃね?」
俺は率直に、そう答えた。
梨音が着ている服を、ダサいと思った事は一度も無い。
周りの女子たちと比べても、彼女は身だしなみに気を使っている方だ。
おまけに梨音はとびきりの美少女で、なんでも似合う。
だから、自分の好きな服を着たらいいと思った。
だが、梨音はそれに不満そうに、口の形をへの字に曲げる。
「私のチョイスに自信が無いから、夏樹に聞いてるのよ。
男の子が好きそうな服って、あんまりわからないし……」
もじもじしながら悩む俺の幼馴染は、完全に恋する乙女の顔をしていた。
普段恋バナとか全然興味無さそうな梨音が、ここまで悩むとは。
よっぽどそいつの事が好きなんだな。
……なんか、梨音がいきなりとられたみたいで、
ちょっと妬けるぜ。
俺は軽い嫉妬を覚えつつも、幼馴染の為だと思って、
服装を真面目に考えてやることにした。
ただ、ここで一つ問題が生じる。
梨音が着てくる服だと想定すると、
俺は何の服でも、可愛いと思ってしまうのだ。
だって着てる本人が可愛いから、しょうがないだろ。
ニット生地の大人っぽいセーターも、ふわふわで女の子っぽいマフラーとコートも、
梨音が着れば全部可愛い。これは事実だ。
……うーん、やっぱり俺じゃアドバイスは難しいか。
「俺、梨音なら何の服でも似合うと思っちゃうからさ。
俺じゃなくて、その好きな奴に直接聞いてみたらどうなんだ?」
俺がそう提案すると、梨音の顔はみるみる不機嫌になっていった。
心なしか、唇を噛んでいるようにも見える。
「あんたね……」
あ、これは……
まずい、またなんかやっちゃったみたいだ。
「ご、ごめ……」
「いいのよ、別に」
謝ろうとする俺を、梨音は手で制止した。
梨音は少し落ち込んだ様子で、うつむきながら話す。
「……私が好きな奴、服装にこだわりないみたいだから、
聞いても参考にならないのよ」
だから、どうしていいのかわからないわ。
そう言った梨音は口をとがらせて、いじけたようだった。
「でも、服装でも髪形でも何でもいいから、
少しでも私の事好きになってくれたらいいな、と思ったの。
そいつ、めちゃくちゃ鈍感だから、
私から好意を向けられてる事にも、全然気が付いてないんだけど」
梨音は、空になったカップに紅茶を注ぐと、それを一気に飲み干した。
まるで、やけ酒でもするかのように。
「私は美人だけど、それでも恋はうまくいかないものなのね」
いつもは俺に対して(表面上は)自信満々な幼馴染は、
深いため息をついて机に突っ伏した。
おそらく心配性で優しい梨音の事だから、
好きな相手の事を考えすぎて疲れたとか、おおかたそのあたりなんだろう。
好きな人の事考えて、恥ずかしがって、すねて、落ち込んで。
ちゃんと女の子じゃねえか。
……まったく。世話が焼ける幼馴染だな。
俺がそう思って、梨音を励まそうとしたその時。
梨音は、自分の力でぎぎぎ、とテーブルから顔を上げると、
「……でもやっぱり、美人の私にネガティブは向いてないわね。
好きな奴にも、全力アプローチの方が向いてるわ!」
と勇ましく言い放った。
俺はその前向きな言葉に驚いて、梨音の方を思わず見る。
「大丈夫か、梨音。無理しなくてもいいんだぞ」
「大丈夫よ、夏樹。全然問題ないわ」
俺の問いに胸を張って、言い切る梨音。
前なら、そのまま落ち込んでいたはずの梨音が
今は、すぐ自力で回復しているのを見て、俺は驚いた。
「私も、夏樹に心配かけないくらいには、自信持とうと思ったの。
今日の事もあったし」
梨音はクッキーをつまみながら、はにかむ。
「いきなりは難しいから、少しずつだけどね。
きっと自信持った方が、私が好きな奴も喜ぶと思うし」
「そっか……」
梨音が自信を持とうとしてくれたことが嬉しくて、
俺は気が付けば、満面の笑みになっていた。
梨音は、そんな俺の方を見て、くすっと笑った。
「なにニヤニヤしてるのよ。まだ私で同人誌みたいな妄想してるの?」
「違うわバカタレ」
「あら、そうなの。つまらない男ね」
梨音は、あろうことか俺の事を再び鼻で笑って、
余裕たっぷりの薄笑いを浮かべた。
こ、こいつ……俺の感動を返せ。
拳を握りしめて、俺は悔しさにわなわなと震える。
……ネガティブになってるより、
もちろん今の梨音の方が、俺は好きだけどな。
「ねえ、そこのつまらないザコオス」
前言撤回。やっぱこいつは許せねえ。
俺は青筋が立っているのを自覚しながら、梨音を煽り返した。
「どうした、人見知りコミュ障姫」
「……あんた、ライン超えたわね」
ざまあみろ、怒ってやがる。アホめ。
俺はニヤニヤしながら、次はどう煽ってくるかと待ち構えていた。
だが、梨音から悪口が飛んでくる事は無かった。
梨音は、俺にとんでもない事を提案してきたのだ。
「じゃあ、あんたが私の人見知り直してよ」
「えっ?」
「明日と明後日は土日でしょ。
私と、デートしなさいよ」