おいしい肉じゃがの作り方(?)
「はあ~、やっと終わったな」
何とか掃除を終えた俺が大きく伸びをすると、
梨音もふうと息を吐き、額をぬぐってその場に座り込んだ。
「結構時間かかったわね」
「そうだな……」
そう返事をしてスマホの時計を見ると、もう午後の七時半だった。
正直少し驚いた。こんなにかかるとは……
「掃除、一時間もやってたんだな……」
「あんたの部屋、かなり汚かったからしょうがないわね」
ストレートに言わんでくれ~。
自業自得とはいえ、かなり耳が痛い。
ただ、こんな風に文句を言いながらも、梨音は部屋の掃除を手伝ってくれた。
俺としてはただただ感謝である。
「梨音、ありがとな」
「ええ、感謝は受け取っておくわ」
親切な幼馴染は、キザな笑みでそう返すと、
「じゃあ、料理を作らないといけないわね」
とゆっくり立ち上り、キッチンの方へ向かった。
俺もそれを追いかけるようにして立ち上がる。
「俺も手伝うよ。一人暮らし長くて料理も慣れてるしさ」
「結構よ。あんたはリビングでまったりゲームでもしてなさいよ。
いっつも家事を一人でしてるんだったらなおさら、たまには私に任せて
ゆっくり休みなさい」
「なっ……」
俺は絶句して、梨音の顔をまじまじと見つめた。
それに気が付いた梨音も、こちらを不思議そうに眺めている。
「そんなに見つめて何かしら?私の綺麗な顔に見とれちゃった?」
「いや、俺の幼馴染はやっぱり天使だなと思って」
やべ、ビックリしすぎて思ったことが口から出てしまった。
俺のその言葉を聞いた天使な幼馴染は、みるみる赤面して
恥ずかしそうにうつむくと、か細い声で反論した。
「……っ!馬鹿ね!そんな陳腐な口説き文句じゃ、
私みたいな超美人は落とせないわよ!」
「いや、でもめっちゃにやけて……」
「う、うるさい!おかずを一品減らされたいのかしら!?」
反論する俺の口を手でふさいで、梨音は口をとがらせる。
怒ってる顔も、ちょっと可愛いな。
しかし、ここまで激しく反応されるとは。
俺の言ったことがよほど気に食わなかったのか?
褒めたつもりだったんだが……女心は難しいな。
「ごめんごめんって、悪かったよ」
そう謝ると、梨音もはっとした顔をした後、
申し訳なさそうに頭を小さく下げた。
「大丈夫。……私も熱くなってごめんなさい」
「お、おう」
「じゃ、じゃあ、夜ご飯作り始めるわね」
「うん、わかった」
掃除の時より、よりぎこちない会話だ。
うーん、正直きつい。
俺は互いの間に流れる気まずい沈黙に耐えられず、
とっさに思いついた話題を振った。
「な、なあ」
「どうしたのかしら?」
「今日の夜ご飯って、何を作ろうと思ってるんだ?」
梨音はそれに、冷蔵庫の中身をごそごそと確認しながら答える。
「うーん、今入ってる食材から考えると……私は
肉じゃがが一番いい気がしてるわ」
「まじ?」
「大真面目だけど」
に、肉じゃがか。
肉じゃがって……男が彼女に作ってほしいランキング第一位(当社調べ)の
最高の料理じゃないか!
俺の頭の中を、あまり人に言えないような妄想が駆け巡る。
あーん、とかされるのか……?
美少女の幼馴染に!?
い、いや。相手は梨音だぞ。いかんよそういう事は。
俺の理性と妄想が頭の中でぶつかっている。
「もしかして人参嫌いだったりするかしら?別の料理でも大丈夫よ」
「い、いえ!自分はぜひ梨音様の肉じゃがを食したいであります!」
さよなら理性。ただいま妄想。
俺の中で選ばれたのは、やっぱり肉じゃがだった。
「なんか今日はやけに素直ね。まあいいんだけど」
家事力高めの幼馴染は、挙動が変な俺を見て首をかしげながらも
いつものように慣れた手つきで具材を切り、炒めていく。
「おいしくな~れ!らぶらぶきゅん!」
ん?
「お、おいしくなーれ!らぶらぶびーむ!」
ん~?どうした?梨音さん?
「そ、そんなにこっち見ないで。恥ずかしいわ……」
梨音は俺に視線を合わせないように、もじもじしながら呟いた。
「いやいやいやいや、ちょっと待てい。おかしいぞ色々」
「え?そうなの?ネットのレシピ通りなのだけれど」
「そんな肉じゃがの作り方あるか!どんなレシピだよ!」
思わずツッコむ俺に、梨音はあっけらかんと言った。
「いや、なんか『大切なご主人様に作る用、愛の肉じゃがレシピ!』
みたいな感じの名前のレシピだったけれど……」
「ええ……」
なんでだよ!なんでそれを幼馴染の家で実演しようとした!?
天然にもほどがあるだろ!もうボケの域に達しちゃってるよそれは!
俺はほとばしる思いを口に出すのをぐっとこらえ、
頭の上にはてなマークを点滅させる梨音に口を開いた。
「あのな」
「どうしたの?」
「そ、そういうのは……なんというか、大切な人にやるんじゃないか……?
よく知らないけどさ」
「あら、そうだったのね」
梨音はそう意外そうに返すと、微笑みながら俺の目をじっと見つめてきた。
「そういう意味なら、合ってるわね。私、夏樹を大切だと思ってるもの」
「なあっ……!?」
「あら、何か間違ったこと言ったかしら?」
とっさに、言葉が出なかった。
何かを言おうとしても、口がパクパクするだけで言葉にならない。
全く、この天然人たらし美少女め。本当に……可愛すぎるだろ。
梨音はそんな俺にふふ、と笑顔を向ける。
「そうじゃなかったら、
わざわざ家に来て料理なんて作ってやる訳ないわよ」
エプロン姿の幼馴染の笑顔が、俺にはまぶしかった。