ふしぎのふしみん
「二人ともよろしくね~」
何とも脱力する、気の抜けた返事。
いかにも、人がいいですよと言わんばかりの優しそうなスマイルと、
少し猫背になったそのリラックスした姿勢が、伏見先生の第一印象だった。
年齢的には……白髪も見えないし、三~四十代だろうか?
だが、伏見先生が持つ不思議な雰囲気のせいで、正直詳しい年齢は不詳だ。
……怪しい。
俺が、伏見先生に抱いた初めての感情は『疑い』だった。
理科担当でもないのに白衣を着ているのもおかしいし……
何より、いつもこれだけ生徒に対してフレンドリーなら、
絶対生徒に好かれる先生になっているはずだ。
だが、伏見先生の周りからは、そういったうわさを一切聞かない。
という事は、今やっている対応と普段の対応が違うはずだ。
これは、一筋縄ではいかないぞ……
ニコニコする伏見先生を前に、緊張しないよう
俺はあえてこちらから声を掛けた。
「よろしくお願いします、一Aの深川です」
梨音も、つられてぺこりとお辞儀し、先生に挨拶する。
「伏見先生、よろしくお願いします。一Cの霧崎です」
伏見先生は、頭を下げる俺たちをなぜか興味深そうに見つめていた。
そしてなぜか、俺たちの挨拶が終わったところでうんうんとうなずく。
「二人とも礼儀正しくて、ちょっと感動しちゃったよ~。
これから一緒に文芸部を立ち上げていく訳だけど、二人が
これだけしっかりしてるなら心配なさそうだから、ボクも安心したよ」
……そんだけ見事な笑顔で言われると、逆に嘘臭いな。
俺は内心警戒しつつも、「ありがとうございます」と
相槌を打ってビジネススマイルを浮かべた。
ビジネスしたことないのに。
しかし、これも顧問の先生と上手くやっていくためだ。
仕方あるまい。
俺はそう割り切って、笑顔をキープしたまま
先生に基本事項の確認をした。
「先生、部活として設立できるのって何人からなんでしたっけ?」
「四人からだよ。つまり、最低でもあと二人は必要になってくるね~
びょーん」
びょーんってなんだよ。
でも、なるほど。あと二人か。
簡単そうに見えて、陰キャと人見知りの俺たちには
なかなか高いハードルだ。
文芸部という活動の地味さも、部員を集める上では
課題として立ちはだかって来るだろうな。
まあ、そのあたりの詳しい相談は、
帰ってから梨音と二人でやるから、一旦いいとして……
俺は別の事について、先生に聞いてみることにした。
「創部のために、人を集めるのとは別に
何かやらなきゃいけない事ってありますか?」
伏見先生は、それに即座に回答する。
「まず、部活をする部室の確保と、生徒会への挨拶。
それと、部活関係の書類を片付けるのが必要、ではあるけど。
ただ、空いてる教室で比較的きれいな所は抑えてあるから、
部室に関しては二人が動かなくても、問題ないよ。
生徒会の挨拶も、ボクが行ったしいいんじゃないかな~?
知らんけど!」
俺の質問に、その場で的確に答えてくれた。
しかも、もう部室を抑えたり、生徒会に挨拶してくれているらしい。
正直、顧問を当てにしていなかった俺はびっくりした。
一人で前準備をしてくれるのは、本当に有難い。
ただ、ますます伏見先生という人がどんな人なのか、
俺は分からなくなってしまった。
有能で頭が切れるような感じもするし、ゆるい感じもする。
ただ一つ言えるとするならば、普通ではない先生であるのは確かだった。
だが、梨音は人見知りも相まって、伏見先生への警戒をといていなかった。
「先生」
「ん、どーした?」
険しい顔をする梨音。
それに対し伏見先生は平然と、ずり落ちてきた眼鏡の位置を直している。
梨音は胸に手を当て、深呼吸して話し始める。
梨音が緊張しているときの、くせだ。
「私は、生徒会に姉がいるもので。
先生に気を使っていただいた手前、本当に申し訳ないのですが、
生徒会の挨拶に行ってもよろしいでしょうか?」
伏見先生は、ぶんぶん頭を上下に振ってうなずく。
「そういうことだったら百万回でも二百万回でも行ってOKだよ~!
姉妹で仲がいいのは素敵な事だねえ!
あと、霧崎さんはそんなかしこまらなくてもいいよ~!」
「あ、その、はい……ありがとうございます!」
消え入りそうな声で、梨音が返事をする。
ずっと幼馴染だから知ってたとはいえ、
梨音の人見知りは結構重症だな。
これだけ重いと、文芸部に来た新入部員たちとも
仲良くやっていけるかどうか不安なレベルだ。
……というか、今「姉のいる生徒会に行く」って話、してなかったか?
でも確か、梨音はお姉ちゃんと比べられて、って……
俺は心配になって、梨音の方を向いた。
梨音は、少し不安げな表情をしている。
憂いを帯びた、とでも表現するのだろうか。
その横顔は、ガラス細工のようにとても繊細で、きれいだった。
って、見とれてちゃだめだ。
「梨音、他に聞きたいことはあるか?」
俺は、早くこの話を切り上げたいと思い、焦った。
だから、梨音に質問があるかと話を振る。
いつものように俺の家で、二人で作戦会議をするために。
「いいえ、特にないわ」
梨音は気力を使い果たしたのか、かなり小さく首を横に振った。
「俺も、もうとりあえず質問はないかな。
じゃあ、伏見先生。俺たちは帰ります。
またよろしくお願いします」
「りょうかい。文芸部の立ち上げがんばろうね~」
俺は伏見先生に軽く会釈して、梨音の手を握る。
「あっ……」
梨音は何かいいたげだったが、俺はそれにあえて構わず、
手を繋いで玄関ホールへと歩いて行った。
作者です。いつも読んでいただきありがとうございます。
この話で、いったん「一馬vs夏樹」の第一章は終わり、
第二章の「文芸部編」へと突入していくことになります。
梨音と夏樹をこれからも、暖かく見守っていただけると幸いです。