キザの国から来たキザ男vsジャパニーズ・モブ(中編)
「ええ~!ナツキンは一馬くんと勝負するんだ!
男と男の決闘だね!カッコいい~!」
「かっこよくは、ねえよ」
昼休み。
隣の席の真里が、やけに俺と梨音の事について質問してくるのをよそに、
俺はバッグに弁当を詰めて、図書室に行く支度をした。
……普段なら、真里の話に付き合ってやる所なんだが。
あいにく、その時間も心の余裕も無い。
一馬があらかじめ、俺との決闘をする情報を朝に流していたらしく、
教室に入った途端、めちゃくちゃクラスメイトから
俺が質問され続けていたからだ。
……絶対あいつはぶっ倒す。
俺はそう決意を固め、バッグを手にして
早足で教室を出ていく。
「がんばってね~」
「おう」
教室のドアを開けながら真里にそう返事し、
俺は廊下へ出た。
「梨音、待ってろよ」
そう小さく一人で呟き、周りにいる生徒たちの好奇の視線が
こちらに向いているのも気にせず、図書室への階段を昇る。
「うおっ、本当に来た」
「あんな奴が一馬様と勝負するの?」
図書室の前に着いた瞬間。
俺をそんな声とともに出迎えたのは、たくさんの野次馬の生徒たちだった。
(期待してなかったとはいえ、ここまでアウェイだとはな……)
たくさんの視線に見つめられ、一瞬萎縮しそうになる。
そんな俺を励ましたのは、やはり、梨音にかけられた言葉だった。
『大丈夫よ。あんたは私が信頼してる幼馴染だもの』
その温かい言葉を思い出すだけで、落ち着く。
そして……その強い言葉を思い出すだけで、
立ち向かう勇気が燃えてくる。
俺にもう迷いは無い。そう思った。
梨音が、いるから。
俺は人ごみをかきわけるようにして進み、
堂々と図書室に入る。
「来たのか……来ないと思っていたんだがね」
図書室の奥では、深く椅子に腰かけ、足を組んだ一馬が
鋭い目線でこちらを睨んでいた。
元々が美形だという事もあり、座っているのに圧倒的な存在感だ。
俺はそれに、臆せず足を進める。
ここでビビッてちゃ、何もできないから。
「来るのが当たり前だろ。大切な奴の幸せがかかってるんだ」
「ふむ、なるほどね」
一馬は納得したように頷くと、ゆっくりと立ちあがる。
周りの空気が、ピリッとした緊張感を帯びたものに変わってゆくのを、
俺は肌で実感した。
昨日、梨音を口説いていた時のおちゃらけた感じとはまるで違う。
まるで、中世の王様みたいな、厳かな雰囲気だ。
これが、梨音を思うこいつの気持ちの表れだとするならば。
こいつは本気なんだなと、考える前に感じる。
「じゃあ、準備しようか」
「いいぜ」
俺は拳を握りしめて、震えを抑える。
負けるわけにはいかないんだ。大切な幼馴染と約束したから。
「こっちで交互にスピーチする事になる、用意はいいか?」
「大丈夫だ」
俺は一馬の言葉に頷いて所定の位置に移動すると、
そこから周りを見渡した。
スピーチの準備のためか、図書室の入り口から一番遠い
ここの近くには人はいない。
だが図書室に備え付けの椅子はほぼ満席で、下級生から上級生までの
様々な生徒が、ずらっと俺たちの方を向いて座っていた。
「時間も舞台も整った。あとは演者を待つだけさ」
一馬は髪をかき上げながら、キザな台詞を吐く。
「最高のショーになるだろう。
僕と霧崎が主役の、最高のショーにね」
させねえよ。
優雅に微笑む一馬に、俺は不敵な笑みで返した。
「俺と霧崎が結ばれて、お前がやられた方が面白いだろ。
それこそ最高の喜劇だぜ。
悔しくて泣くときのハンカチの準備は出来てるか?」
確かにお前は本気なんだろうけどよ。
強引に迫って梨音を疲れさせたり、梨音の大切な彼氏である俺を
モブ男扱いするような奴に、梨音は絶対に渡さねえ。
お前じゃ、梨音を幸せにはできねえよ。
出直してきやがれ。
俺は、笑みを崩さずに一馬を睨み返す。
一馬も、そんな俺を興味深そうに見つめ返した。
「なるほど?
やはり、お互いに譲れないね」
「当たり前だろ」
俺たちの意見が、皮肉にも初めて一致した時だった。
「夏樹、聞きに来たわよ!」
最後の『演者』が、勢いよく図書室に姿を現した。
「梨音!」
俺も、息が乱れている梨音に驚いて返事する。
きっと、俺のために階段を駆け上がってきたのだろう。
「おやおや、主役は遅れて登場か。霧崎」
一馬も、梨音の登場に少しだけ驚いたように目を細める。
「ショーに必要なものは、すべて揃ったみたいだね」
満足げにうなずいた一馬は、見に来ている生徒たちの方に向き直り
芝居がかった動きで大きく腕を広げた。
「レディース・アンド・ジェントルメン!
お待たせしました!
これから始まるは二人の男の、情熱と愛の決闘!
勝つのはこの僕か?それとも……?
美少女と男たちとの深き絆、そして複雑な人間模様!
一瞬たりとも見逃すこと無きよう、お気を付けください!
それでは、開演といたします!」
「「うおおおおおお!!」」
図書館中の生徒たち。
いや、その外にいる野次馬たちまでが熱狂する。
一馬のなめらかで歯切れのいい喋り方と、そのルックス。
そして、演技のような表現。
その全てが揃って、初めてなりたつ技だった。
生まれた時から、人気者になる事を約束されている。
そんなような奴だと思った。
……でもよ!
俺だって、こんな奴には負けられねえよな!!
俺はなけなしの勇気を振りしぼる。
「みんな!」
大きな声を張り上げた事で、俺に一気に注目が向く。
場が盛り上がっている事はチャンスでもあると、俺は気が付いていた。
なぜなら、長台詞を喋らなくても雰囲気をひっくり返せるから。
「みんな!」
俺はもう一度呼びかけ、一馬をしっかり指さした。
そして、言おうと思っていた台詞を間違えないように、慎重に言っていく。
「こいつ、一馬がなんかの勝負で負けたとこって、見たことあるか!?」
生徒たちはそれに首を振る。
そうだろうな。たぶん一馬は、才能がめっちゃあるタイプの人間だから。
……好都合だ。
「じゃあ、俺がどんな奴だか知ってるやつはいるか!?」
沈黙。
まあこれも予想通りだ。俺は普段、人と積極的に話さない。
だが、今回はそれが逆にいい材料になるはずだ。
なぜなら……ハッタリが効くからだ!
「俺にはな、こいつを超える才能と情熱がある!
スピーチの才能も、梨音への思いも、絶対こいつには負けねえ!」
そこで俺はいったん切って、間を開ける。
あたりがしずまる、その絶妙なタイミングを狙って、
俺は問いかけるように少し小声になった。
「みんな、どうだ?
一馬が、最強の天才が、人気者が勝つ試合だと思って見に来てはいるけど、
なんか、その結末じゃ物足りなくねえか?」
周りと顔を見合わせ、ざわざわし始める生徒たち。
俺はそこに届くように、再び大声を出す。
「みんな、見たくないか?
無名の奴が、天才をぶっ倒す所を。
俺がこいつに勝って、下克上する所を!」
生徒たちが、俺の方を、期待と不安の入り混じった眼差しで見る。
俺はそれに、ありったけの声で返した。
「俺は勝つ!天才をぶっ倒して、梨音も幸せにする!
だから皆!この俺に、無名の俺が勝つ方に、賭けやがれ!!!!」
俺がそう言い終わってからの。
ほんの、一瞬の沈黙。
それを破ったのは、梨音の拍手だった。
つられて、周りもパチ、パチと拍手し始める。
それはどんどん広がっていき……
「「うおおおおおおお!!!」」
図書館全体が、熱狂の渦に包まれた。
(よし……!)
俺は、心の中でガッツポーズした。
生徒たちが、周りと一緒に興奮しながら話している。
それは俺の計画通り、それも最良の形だった。
「俺、あのモブの方に賭けようかな!」
「あ、あたしも~!」
「ま、まじで!?じゃあ俺も!」
風向きが、俺の方に向いているのを感じる。
「い、いい盛り上げ方だったと思うよ?モブ君
あ、あそこまでやれるとは思ってなかったよ」
「はいはい、どーも」
あくまで上から目線で余裕を見せようとする一馬に、
俺はそっけなく返事をする。
なぜなら、今までは前座だから。
ここからが本番だからだ。
「じゃあ、スピーチを始めようぜ」
「あ、ああ」
二人の決闘の、真の幕はそうして開いた。
次回でVS一馬は最終回です!