09 俺の正体・3
そう、リリィは嘘をついている。
いやそれおかしくね?って点は多々あるが、この際、それはさておくとして。
一点。どうしても看過できない決定的な矛盾がある。
「人類がSEMから誕生するなら、俺があの竜から生まれるところを目撃するはずがないだろ」
リリィいわくSEMは機械だ。生き物じゃない。
じゃあ人間の生殖手段をSEMに頼っているのも、魔法も、魔獣の存在も、ぜんぶまるっきり嘘なのか?
違う。すくなくとも魔法と魔獣は現実に存在している。リリィとあの影竜が生きた証拠だ。
だから違うのは――SEMにより顕れた〝魔〟の影響。
「おかしいと思ったんだ。女は初潮がきてから魔法が使えるようになるのに、男は最初から魔獣で生まれるってのがさ。……本当は、男も最初はちゃんと人間として生まれつくんだろ?」
「……っ!?」
「でも女を襲って魔獣となり、……最終段階『魔王』になって、ふたたび人間の姿にもどる。それがお前たち女には都合が悪かった。なにせ完全無罪か、完全有罪かのどっちかなのに、外見じゃ判断できねえんだからな」
ならば『人間の姿をした男』は問答無用で『魔王』として扱ったほうがいい。
殺されてからじゃどうしようもないんだ。過剰防衛だが、正当防衛でもある。
「俺はこの世界の記憶がないみたいだった。つまりこんな身体だけど、生まれたての赤ん坊ってわけだ。だから本当の魔王になるまえにさっさと殺そうとした。生まれたばかりでもいつかは魔王になる。――魔王を目指す。なら今、魔王って決めつけても問題はない。殺したところで良心は痛まない」
リリィの双眸が見開かれた。
囚われた腕が動揺に震え、唇がわななく。
眉はきりりとつりあがり、頬はみるみる怒りに染まり――って、あれ?
「なにそれ……?」
「……り、リリィ、」
「……っ、……あんたん、……あん、」
「リ、リリィさん? もしもーし? あのですね、」
「……あんたって、もう、ああ――〈オモチャの怪獣〉!」
「でっすよねええべらっ!?」
瞬間、俺の頭上にまるまる肥えた豚サイズのディナが現れた。
宙は自由な落下の女王。俺はあえなく地面にたたきつけられる。
「なんば言うかて思うたら……! どっからどう見たっちゃすらごとついとーんなあんたんほうやろ!? なしてうちがすらごとばつかないかんと? お姉しゃんが攫われて、うちがどれだけ苦しんだんか知らんくしぇに!」
あ。ヤバい。博多弁スイッチが入ってる。
「り、リリィさーん! 声! 声をですね! もういささか落としていただきたく! リリィさーん!」
「しゃんなんてつけんで! 馬鹿! ばり馬鹿っ! こん考えなし! 最低! ばり好かん! うち、助けてもろうて嬉しかったとに、……しぇっかく、……あんたん……あ、あんたが……!」
「あああああなんか本当マジですみませんでした神様仏様リリィ様この通り後生ですからお許しください!」
ぼろぼろ泣きだすリリィに、たまらず全力で土下座する。
いやディナが文鎮になって、さっきからほぼそんな感じではあったけれど!
誠心誠意! 徹頭徹尾! 平身低頭! パーフェクト土下座でお目見えする!!!
「う、うぅっ……。それやったら……ひとつ言うことば聞きんしゃい……」
「はい! なんでも! 言うことを聞きます!」
「……ディナ、そん人からどいちゃって」
サラリーマン時代の土下座スキルが功を奏したのか。それともダイナミックウルトラハイパー土下座の甲斐があったのか。とにもかくにも、リリィの癇癪はなんとか峠を越えたようだ。
俺の頭をべしべし叩いていたディナが退く。俺は身体をおこし、今度は正座した。
「そ、それで用件というのは……?」
「……あんたん名前、教えてくれたら……許しちゃる……」
「え。あ。……な、名前?」
「魔王やなかなら、……他ん世界から来たんなら、名前くらい言えるやろ。……それに名前がなかと、こうやってはらかくとき不便やなか」
「…………相田双太……」
「アヴィダソータ?」
なんだその絶妙にインド感あふれる名前は。
この名前言うの緊張するんだぞオイ。
「違う。あ、い、だ、そ、う、た。……これ日本語で書いても通じんのか?」
木の棒で「相田双太」と書き綴るも、リリィはぴんとこないようだ。
まあなんとなく察してた。こいつの外見、そこまで日本人っぽいわけじゃないもんな。名前にいたっては欧米風だし。
アルファベット表記なら通じるかもしれない。あらためて漢字のしたにアルファベットを書いていく。
そういや怒濤の展開続きでさっぱり気付かなかったけど、俺、まだ自己紹介してなかったんだな。
それもこれも全部あの竜のせい――……
「……――ィィ……」
そう、こいつの――
――――……こいつの?
感情が昂ぶると! 方言でちゃう女の子!!! めっちゃ可愛い! 超好き!!!