08 俺の正体・2
「……言いたいことはわかった。でも『親方! 空から女の子が!』みたいなやつもあるんじゃねーの?」
「空から女の子……?」
「あー……異世界転移、つってもわかんねぇか。こことは違う世界から人間がやってくることだよ」
よく考えてみれば『親方、空から女の子が』は異世界転移ものじゃないが、リリィにバレようがないので黙っておく。
この世界に魔法が存在するのなら、転移・転送関係のスキルだってあるだろう。異世界という概念が通じるかどうかは怪しいところだが、リリィはそれを是としたうえで困惑したようだった。
「それはないわ。だってあなたが〈饜蝕の大驪竜〉から生まれるところを見たもの」
「は? 生まれ……? え、人間ってあんな化け物から生まれるわけ?」
「ええと、なにから説明したらいいのかな……。とりあえず〈生殖手段〉から説明するね」
せいしょくしゅだん。
中学生くらいの女の子が発音するには非常に衝撃的な単語だが、ペニスよりは十倍ましだと思いなおした。俺がいた世界でも理科や保健体育の教科書に載っているだろうし。そこまで妙じゃない。むしろ立派な用語だ。うん。
「何百年もまえの大昔は、魔法なんてなかったの。だから魔獣や、魔法少女だって存在しなかった。文明も今とは全然違っていて、鋼鉄のかたまりが空や街道を走ったりしていて。……なにより私たち人間をふくめた動物は、みんな〝女〟の身体をつかって子孫を残していくシステムだった」
…………色々とつっこみどころはあるが、下手に疑問をさしはさむのは危険だ。
おとなしく傾聴することにした。
「でも魔法なしに鋼鉄のかたまりが走るような文明だもの。お腹のなかで子供を育てるのって、すごく非効率で原始的な手段でしょ?
男性がいないと妊娠できないし、妊娠できても子供がかならず健康に育つかわからない。時間と体力をかけて出産しても、産まれた子供はまだまだ未熟だから、それまで以上に周りがたくさんお世話しなきゃならない」
うわ、なんかすげー言いたい。
男として、また現代人として、なにか反論しなきゃならん気持ちになる。
……そう感じてしまうのは、リリィのいう『何百年前の文明』が、ぶっちゃけ『俺のいた世界、俺のいた時代』にかなり似通っているからだ。鋼鉄のかたまりは車や飛行機のことだろう。
俺のいた世界、俺のいた時代は、ちょうど「仮想現実」通り越して「拡張現実」とか、「5G」とか、そんな技術がもてはやされていた。近い将来、電波ではなく光をつかった Li - Fi 通信が台頭するまで言われていた。
現代人の俺でも、正直すげえと思う。テレビとかスマホ、パソコンに使われている技術や仕組みがわからなくても、ちょっと触れば大体のことができる。
でも、そんなヤバい科学技術があちこち使われているのに――いまだ『出産という行為そのもの』は非常にアナログなままで。
べつに今まで気にしてなかったけど。
これ、めちゃめちゃアンバランスじゃね?
「……で、その女性の身体をつかった子孫繁栄が、なんで魔獣にとって変わるんだ?」
「SEMが現れたからよ」
SEM。ここにきて完全新規の専門用語ときた。
リリィも俺が知らないとわかっていたらしく、すぐそばに落ちていた木の枝を拾う。
地面にすらすらと文字を書いた。
〝Sex Ex Machina〟
英語だ。
もともと言語がおなじなのか、勝手に自動変換されているのか不明だが、書かれた文字はたしかに英語だった。
「突然、世界のあちこちに降りそそいだ謎の装置。触れた生物をとりこみ、新しい同種を産みおとす。昔の人々はこれを〈機械による生殖〉――通称SEMと呼ぶようになったわ」
SFになった。いや魔法もたいがいアレだが、いきなり話が飛んだ。だいぶ展開がマッハでゴーだ。
「文献によれば、本当に最初のころは触った人が消えてしまうって怖がられたみたい。でも研究が進むうちに、色んなことがわかってきたの。たとえば触れたものは、生きていようと死んでいようと吸収される。吸収されたものは、一定の期間をおいて、勝手に……生きた子供の状態で吐きだされる」
「……代理で『妊娠』と『出産』をこなしてくれるってわけか」
「うん。だから世界中の女性たちが妊娠や出産から解放されて、……なんていうのかな、勢いづいちゃった。……ここからは、男のあなたには気を悪くしないでもらいたいんだけど……」
とたんに歯切れが悪くなる。
ここまできてお預けとかやめてくれよ。
「乗りかかった船だ、ぜんぶ聞くって。怒らねぇよ」
「……うん。それでね、男の人の立場が弱くなった。だからSEMを破壊しようとしたり、独り占めしようとしたり、……産まれてくる子供たちを自分たちの都合のいいように作り替えようといじる人も現れて……それが〝魔法〟の発現、〝魔獣〟の出現に繋がった」
「…………それで、そのすげえ文明は滅びたのか」
リリィはこくりと頷いた。
頷くことだけを返事とした。
……色々思うことはあるが、怒りはない。
今までの情報を合算すると、この世界はもう俺たちの知る〝生殖手段〟はとっていない。
SEMによって誕生する人間の男は、もれなく〝魔獣〟として産まれつく。くわえて〝人間の姿をした男〟が彼女たちを襲いまくった超極悪人の成れの果てだというのなら。女性だけの社会が確立してしまっている。
リリィが俺の息子をみて恥じらったりしないのも、別に俺のこれがアレだソレだって理由じゃない! そういう文化的土壌、情緒的学習がまったくないからだ! 解散!
……というおふざけは置いといて。
俺はリリィから木の棒をもらい受ける――ふりをして、細い腕を強引にとる。
全力をだせばあっという間に折れてしまいそうな手首にちからをこめた。
「いたっ!? お、怒らないって、言ったじゃない……っ」
「怒ってねえよ。
……いや、怒ってはいるけど、それは大昔の男どもとは全然関係ない。
――リリィ、お前が嘘をついているからだ」
8話です! ほほうやるな、面白いぞ!と思ってもらえるように頑張ります!!!