07 俺の正体
何分、……いや何十分が経ったのか。
音もなく塵が降り積もる惨劇の場に、かすかな物音が響いた。
枯れ葉がふるえ、土がもりあがり、――俺とリリィが顔をだす。
「――ぶはっ!」
「……けほっ、……はあっ……」
なんとか地面から這いでた俺たちは、巨大な倒木の影でほっと安堵の息をついた。
影竜の姿は遠い。よほどのことがないかぎり勘づかれないはずだ。
「た、助かった、のかな……」
「多分な」
「そう……。でも、どうして? なにをしたの?」
余裕がもどってきたのか、リリィの言葉から訛りが消えていた。
絶対あっちのほうが可愛いのにな。
そんなことを考えながら頭を掻く。髪の毛に砂や砂利が混じって、じゃりじゃりと変な音がした。
「やったのはお前の……お前とディナのおかげだ。
あいつがしっぽで殴りかかってきたとき、リリィはディナを召喚しただろ? あのとき見たんだよ。周りの土が寄せ集まって『ディナ』になるのを」
「それは……当たり前じゃない? 私の魔法は〈土属性〉なんだから」
「いや、そのドグアってのもさっぱりわからねえんだが、とにかく! それがあるならいけるって思ったんだよ」
あの竜は、大木のうえによじ登る俺たちを視認した。
俺たちの間にまだまだ距離があったから、遠距離攻撃をしかけたのだ。
「物陰に隠れなきゃ、あの暴風で全身ズタズタになって死ぬ。かといってこの樹の影に隠れるだけじゃ、樹が暴風で押し飛ばされて、……ぺしゃんこに踏み潰されて終わりだ。だからディナを呼んで〝穴〟を作ってもらった」
隠れなければ死ぬ。
樹の影に隠れても死ぬ。
圧死をまぬがれるには〝ディナ〟を構成するために持っていかれた〝空洞〟にすべりこむしかない。
「それとな、ディナには〝空洞〟と別の役目がある。なんだかわかるか?」
「ええと……風よけ?」
「ああ、ふたつめがそれだ。みっつめは――〝目眩まし〟」
リリィの言う通り、ディナは多少なりとも風よけとなった。
そしてあいつの身体は土でできている。
ディナに弾かれ、またディナを破壊した爆風は、土砂の雨となって広範囲に降り落ちる。俺たちの隠れひそんだ穴はおろか、今しがたここに穴を作ったという証拠すら埋めてしまった。
「埋めたのか。吹き飛ばしたのか。
殺したのか。まだ生きているのか。
極限まで悪くなった視界のなか、あいつが苦労して俺たちを狙うとは思えねえ。あと一時間もすれば勝手にどっか行くだろうよ」
禍根は、せいぜい俺のグーパン一発。
サハラ砂漠から一粒のダイヤを探すような苦労をするわけがない。
――そう思ったのだが。
「…………あなた……本当に魔王じゃなかったのね……」
泣きそうな声で、潤んだ瞳で、きゅうと引き結んだくちびるで。
リリィは俺の手をとり、謝った。
「巻き込んで、ごめんなさい」
……こういうとき、なんて言えばいいんだ?
『気にするなよ』?
いや誰だって気にするわ。俺だって気にするわ。笑ってすますには事態がヘヴィすぎる。
じゃあなんだ。こうか。
『ほっぺにチューしてくれたら許す』?
いやこれもねーわ。寒い。キモい。笑えないジョークはクソと一緒だ。
だから俺は、現状、最も建設的だろう疑問をくちにした。
「……あのさ、ずっと気になってたんだが〝魔王〟ってなんだ?」
「え?」
「その魔王ってのが、……えーっと、お前のお姉さんを誘拐したんだろ? あ、お姉さんだけじゃなかったか。とにかく色々と悪いことしたんだろ? なんで俺だと思ったんだ?」
「……だってあなた、……男でしょ?」
リリィは下を見た。
申し訳なくて俯いたとか、考えごとをするためになんとなく視線を逸らしたとか、そういう意味では断じてなく。
俺の。股間を。見た。
「……り、リリィ?」
「私、ちゃんと知ってるんだから。これ男の人にだけついてるんでしょ?」
「…………りっ、リリィさあああん!??」
かつてないほど華麗なバックステップで三回転半ジャンプしながら可及的速やかに距離をとる。
危ない。息子を握られるところだった。非常に危ない。
そして凶悪犯罪未遂犯は、なにひとつ悪びれることなく、ことりと小首を傾げてみせた。
「えっ、違うの? 私、それが陰茎っていう、男性特有の凸型性器だって勉強したんだけど……?」
「えっ、あ、はい、いや滅相もないその通りでございますれば」
「だからあなたは魔王だって思ったんだけど」
「……は、はい?」
……このあとの具体的な会話はさしひかえよう。人権に関わる。
とにかく。手短に説明すると、こういうことだ。
この世界では人間の女が生まれ、一定期間成長すると、〝月華の祝福〟があたえられる。いわゆる初潮とか生理とよばれる現象だ。それにともない魔法が使えるようになる。祝福を得た女性は〝魔法少女〟とよばれ、特別な任務を負う。
一方で人間の男は、みな無条件に〝魔獣〟として生まれつく。人間のくせに、そもそも人のかたちをしていない。普通の動物とは違うのは、睡眠や食事を必要としないうえ、非常に凶暴だということ。
そして。
〝魔法少女〟の魔力をことさら好むこと、だ。
魔獣は魔力をめあてに魔法少女を襲い、喰らう。
そうして蓄積した魔力におうじて人間に近い身体、知能をそなえる。
よって〝人間〟の姿をした俺は、絶対に〝魔王〟なのだということ。
ようやくこの世界について新しい情報がだせました!!! あと今日2回目の更新です! 超えらい!!! いつも読んでくださる方々、本当にありがとうございます! いえーい!